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Boundary  作者: 楓シロ
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第127話 最奥区画②

 (どうすればいい……? 何ができる……!?)


 ソラは震える足で前に出た。

 でも、何をすればいいのかわからなかった。


 紫苑の氷は敵に逆用され、御影の戦闘用義手は完全に停止させられている。

 ソラの能力は、純粋な攻撃ではない。

 誰かを信じ、その可能性を引き出す『援助(ギフト)』。

 だが今、引き出すべき“可能性”そのものが、目の前で封じられていた。


 どうしたらいい??


 その時、ソラの両手のひらが、じわりと熱くなった。


 ――また「これ」だ。


 周囲のあらゆるエネルギーが、ソラの身体に向かって一斉に流れ込んできていた。

 壁の奥を走る莫大な電力。

 機械から漏れ出す熱。

 周囲に満ちるさまざまなエネルギーが、堰を切ったようにソラへと集中してくる。


 許容量を遥かに超えた世界の奔流。また、あの恐ろしい暴走が始まりそうだった。身体が内側から引き裂かれそうな感覚に、ソラは恐怖で目を瞑りかけた。


「ソラ」 


 その時、背後から静かな声が響いた。

 賢者様の声だった。

 ソラはハッとして振り返った。


「お前の力は、世界から無理やり奪うものではない」

 賢者様は濁りのない目で、まっすぐにソラを見つめていた。

「ただ、そこに流れているものを――受け取るのじゃ」


 ソラの思考が、ピタリと止まった。


「そして、お前はもう」

 賢者様は優しく、しかし確固たる信頼を込めてソラを見た。


「何を通し、何を拒むかを、自分で選べるじゃろ」


 ソラは、自分の両手を見つめた。

 相変わらず、世界のすべてが自分に向かって押し寄せてきている。


 でも、今は違った。

 ただ濁流に押し流されるだけだった視界が、驚くほどクリアに澄み渡っていく。

 自分に届いている「それら」の正体が、今ははっきりと見えていた。


 青白く爆発的な電力が見えた。

 ドクドクと脈打つ機械の熱が伝わってくる。

 壁の配管を流れる冷たい水の流動が、はっきりと感じ取れた。


 全部が、自分へと流れ込もうとしている。

 でも――全部を一度に受け取る必要なんてない。怖がる必要もない。選んでいい。


(……自分で、選んでいいんだ)


 ソラは静かに目を閉じた。

 目と鼻の先には、超振動ブレードを振りかざした機械兵が迫っている。紫苑や御影の息を呑む気配が伝わる。けれど、不思議と恐怖はなかった。


 ソラは精神を集中させ、壁の奥の発光ケーブルへと意識を伸ばした。

 そこには、マザーがこの最深部を維持するために通している、莫大な電力が流れている。

 そのすべてを受け取るのではなく、必要なものだけを選ぶ。

 ソラはその純粋な雷光だけを、そっと両手で受け取った。

 暴れるはずだった力が、一本の流れへと収束していく。

 自分の中を通った電力が、眩い光へと膨れ上がっていく。


 ソラが目を開けた。

 その手のひらには、あまりにも眩い、圧倒的な光の球が形成されている。

 それは、マザーのケーブルを流れていた電力と同じ青い光だった。


 ソラは、迫り来る機械兵に向けて、迷いなくその両手を突き出した。


「――っ!」


 次の瞬間。

 廊下そのものを蒼白に染め上げながら、奔流となった雷光が疾走した。

 それは小細工も制御も許さない、純粋なエネルギーの奔流だった。


 ドガァァァァン――!!!


 光線は、襲いかかろうとしていた機械兵の胸中央を真っ正面から直撃した。

 マザーの上位権限で守られていたはずの内部回路が、ソラが増幅した超高出力の電力によって一瞬で焼き切られ、激しい火花を散らす。


 ガガッ、ガチチ……。


 機械兵はブレードを振り上げた姿勢のまま、完全に硬直した。そして、その赤い光はもう2度と灯らなかった。



 静寂が戻った。



「……止まった」

 氷の足枷に囚われたまま、紫苑が信じられないものを見るように呟いた。


「ソラ、今……一体何をしたんだ?」

 御影が動かない義手を抱えながら、驚愕の眼差しをソラに向ける。


「借りました」

 ソラは自分の両手を見つめ、それから二人へ静かに笑いかけた。


「ここにあるものを。……僕が、選びました」


「そうじゃ。それでよい」

 背後で、賢者様が満足そうに小さく頷いた。



「……ふう。これで、やっと切れるな」


 御影が小さく息を吐いた。

 乗っ取られていた右腕への侵入が止まっている。御影はすぐさま義手と神経系との接続を強制的に遮断した。


 カチリ、と小さな音がして、黒い右腕が力を失って垂れ下がる。


「右腕は使えないが……脳まで焼かれるよりマシだ」


「俺も……いつまでも捕まってられねえな」


 紫苑が、自分の脚を覆う氷へと意識を集中させた。


 すべてを溶かそうとはしない。

 足首に食い込んだ氷。そのほんの一部だけを、慎重に制御する。


 パキ……。


 皮膚に触れていた氷だけが薄く剥がれ落ちる。


「……戻った」


 紫苑がゆっくりと脚を引き抜いた。



 ──だが、その安堵の瞬間を、低い声が切り裂いた。



「ふざけるな……っ!!」


 胸を血に染めた久世が、ゆっくりと立ち上がった。


 その顔から、いつもの冷静さだけが消えていた。


 理性を失った久世は、右手をソラへと突き出した。


「お前さえ……お前さえいなければ……ッ!!」


 キィィィン……!!!


 久世の残る全エネルギーを注ぎ込んだ、歪んだ「空間の槍」が形成される。それは狙いを狂わせることなく、無防備なソラの胸元へと、一直線に撃ち放たれた。


「ソラ、危ない……っ!」

 紫苑が叫ぶが、誰も間に合わない。賢者様ですら、ソラとの距離があった。


 死の空間が、まっすぐにソラを貫こうとした、その時──。


 ──タァンッ!!


 高所から、一筋の影が凄まじい速度で飛び降りてきた。

 ソラの視界が、一瞬で黒い外套に覆われる。


「え……?」


 ドガァッ……!!!


 鈍い衝撃音が響き、ソラの目の前で、生々しい血飛沫が舞った。

 空間の槍をその身に受けて弾け飛んだのは、久世の背後にいたはずの──師乃だった。


「師乃……さん……っ!?」


 ソラが息を呑む。

 師乃はソラを完全に背中で庇ったまま、久世の攻撃をまともに食らい、その場に激しく膝をついた。漆黒の衣服が、見る見るうちに深い赤に染まっていく。


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