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Boundary  作者: 楓シロ
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第126話 中枢前区画④

 停止したはずの巨大な重力機械――その表面に、ピキピキと無数の亀裂が走り始めた。


 ゴゴゴゴ……


 地響きのような重い駆動音を響かせながら、ゆっくりと、その上体を起こし、立ち上がっていく。


 バキ、ボキィッ……!


 次々と余剰な装甲が内側から弾け飛び、剥離して床へと落下した。

 巨大なシルエットが、丸々削ぎ落とされていく。

 煙の向こうから現れたのは――異様なまでに細く、鋭利なシルエットだった。


 人型だった。

 骨組みだけのように細かった。なのに、さっきの巨大な質量兵器よりも、今目の前にいる細身の機械の方が遥かに危険だと、二人の本能が痛烈に理解した。


 チカチカと、白い発光ラインがその全身のフレームを走る。

 そして、顔面の中央で、一本の細い赤いスリット光だけが静かに灯った。

『第二戦闘形態、移行完了』


 蓮の動きが止まる。

「……なんだよ、今の……。形が変わったのか?」

「学習したホー!」

 日和の影から、アウルがヌッと姿を出す。


「何をだよ!?」

「お前たちの倒し方ホー!だから組み替えたホー!」

「機械が、自分の意志でそんな判断をしたのかよ!」


 蓮は、新たな機械を凝視した。

 細く、頼りなく細くすら見える。なのに、一瞬でも瞬きをすれば殺されるという直感が働き、目が離せなかった。


 その瞬間

 機械が――消えた。


「っ!?」

 蓮は反射的に掌からプラズマの雷撃を放った。

 しかし――そこにはもう、機械の姿はなかった。 

 ヒュッ、と蓮のすぐ横を、冷たい風が吹き抜けた。

「当たらない……!?」


 機械がピタリと止まった。蓮のわずか三メートル後ろ。

 いつ移動したのか、どこを通ったのか

 その軌跡すら全く視認できなかった。


「蓮、後ろ――!!」

 日和が悲鳴のように叫ぶ。

 蓮が反射的に振り返る。

 だが、もうそこにいなかった。

「なっーー」


 次の瞬間、高い天井の配管に逆さ吊りの状態で張り付いていた。

 赤い一本の光が、冷酷に二人を見下ろしている。

「どこにいやがる……!」


 機械が天井を蹴って、真上から降ってきた。


「っ!!」

 蓮は無我夢中で身体を横へ投げ出した。


 ギリギリだった。

 頬を、鋭利な風圧が裂くように通り過ぎる。


 ドンッ!!


 床に着地した機械が、静止することなく即座に次の駆動に入った。その姿がブレて、再び消える。

 超高速の機械が、今度は日和に向かって直進してくる。


 背後のアカルヒメが、主を守るために両手を掲げた。迫る攻撃を、その結界で丸ごと跳ね返そうとした。

 しかし、機械はアカルヒメの結界のわずか数センチメートル手前で、ピタリと、物理の法則を無視したような急制動で停止した。


 そして、一切の攻撃を出さなかった。ただ、結界のすぐ外側で、じっとこちらを観察するように立ち尽くしている。


「跳ね返せないニャ!」

 クロエが爪を床に立てながら言った。「奴、攻撃をわざと出してこないニャ!」


「学習……してるんだ」

 日和が奥歯を噛み締めた。


「そうニャ!もうアカルヒメの反射を理解してるニャ!」


 機械が再び、滑るように動いた。

 今度は結界へ突っ込まず、その外周をなぞるように高速移動している。

「……っっ!」


 アカルヒメの結界がカバーしきれていない、足元や背後のわずかな「隙間」を、滑り込むように縫ってきた。

「結界の、隙間を狙ってる……っ!」


 日和は必死に精神を研ぎ澄ませ、アカルヒメを動かした。

 回り込まれる前に、防壁の範囲を強引に広げる。

 だが、機械はそれを予期していたかのように即座に後ろへ飛び退いた。

 日和の防御範囲から、一瞬で離脱する。

 次の瞬間、今度は蓮の側に回り込むように軌道を変え、二人の死角へと滑り込んでくる。


「完全に、揺さぶられてる……!」

 蓮の額に冷や汗がにじむ。


 蓮が機械の残像へ向けてプラズマを放つ。


 バチィィン!!


 だが、やはり当たらない。


「くそっ……!」


 蓮はもう一度右手を構え――そこで、止めた。


「……やめた」


「え?」


「見えねえ奴を狙ったって当たらねえ」


 蓮は機械ではなく、足元を見た。


「だったら――見えるようにする」


 蓮が両手を床へ叩きつけた。


 バチッ――!


 青白い電流が床を走る。

 細い稲妻は床だけではなく、壁、支柱、剥き出しになった配管へと枝分かれし、二人を囲むように広がっていった。


「何してるの?」


「網張ってんだよ」


「網?」


「速くても、ここを通るなら――どっかに触れるだろっ」


 バチィーーーーン!!


 右側の支柱で、電流が大きく乱れた。


「右だ!」


 日和が振り向く。

 その直後、機械の残像が右側を駆け抜けた。


「……見えた!」


「当たってねえ。わかったのは通った場所だけだ!」


 だが――機械の速度の方が、さらにその上をいく。


「くそっ、どこだ!」


「蓮!上っ!」


 次の瞬間、頭上から機械が落ちてくる。


「電気のあるところ避けてるホー」

 アウルが空から分析する。


「……避ける?」


「え?」


 蓮の口元が、わずかに上がった。


「こいつ、ちゃんと避けたんだな?」


「それが何なの?」


「日和。アカルヒメの右側、開けられるか?」


「……開ける?」


「守るんじゃねえ。誘い込む」


「はあっ?」


「罠を仕掛けるんだよ。わーな」


 日和は一瞬、息を止めた。


 結界を開けば、そこから入ってくる。

 失敗すれば、自分がやられる。

 うまくできるだろうか…日和の手が震える。


「……わかった」


 アカルヒメが右手を下ろす。

 広げられていた防壁に、一箇所だけ明確な穴が開いた。


「よっしゃ、いくぜ」


 蓮はその入口へ敵を誘導するように、他の床・壁に電流を張る。


「……うん」


 機械が消えた。


 バチッ。

 バチバチッ。


 左。上。背後。


 電流網を避けるように残像が走る。


 そして――右。


「来た!」


 ーーその瞬間、機械が止まった。



「……え?」


 赤いスリット光が、蓮を見る。

 次に日和を見る。


 まるで――二人が何をしようとしていたのか、理解したように。


「嘘だろ……」


 赤いスリット光がほんの一瞬、細くなった。


 ――笑った。


 なぜか蓮には、そう見えた。


 機械が後方へ跳ぶ。


「こいつ……俺たちが罠を張ったことまで学習しやがった」


 機械がまた、信じられない挙動でブレた。

 今度は、右と左、同時に二体の機械が迫ってくるように見えた。


「――っ、増えた!?」

「残像ニャ!」

 クロエが毛を逆立てて叫ぶ。

「速すぎて二体に見えてるだけニャ!」

「残像が見えるレベルって、どうなってんだよ……!」


 蓮は激しく舌打ちをした。

 プラズマを放っても、当たらない。

 アカルヒメの反射も意味がない。

 力も、

 能力も

 戦い方さえも。

 こちらが考えれば、向こうも学習する。

 一度通じた手は、二度と通じない。


 打つ手がない。この超高速の悪夢を前に、二人は完全に追い詰められていた。


 そして機械は、そんな二人を見つめるように、

 ゆっくりと一歩だけ前へ出た。


「……どうすりゃいいんだっ!」




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