第125話 地下三層・廊下③
夢洲地下三層――中央管制区画へと続く連絡通路。
九条たちが守る防衛ラインは、完全に崩壊の危機に瀕していた。
ここは、ソラたちが進んだ地下深部へと続く重要な防衛ラインだった。
だが、押し寄せる敵の性質は、ある瞬間を境に劇的な変化を遂げていた。
最初は、ただの物量作戦だった。
一体ずつ、直線的に突っ込んでくる機械を各個撃破すればよかった。
しかし、今は違った。
前線に肉厚な装甲を持つ「大型機」が立ち塞がって強固な盾となり、人間の反撃をすべてシャットアウトする。
そして、その背後に隠れた俊敏な「小型機」が、盾のわずかな隙間を正確に縫って、高出力のレーザーをピンポイントで放ってくるのだ。
それは、明らかな『戦術』だった。
まるで何者かが全体を指揮しているかのようだった。
「くっ、敵の連携が早すぎる! 防壁がもう保ちません!」
前線の隊員の悲鳴が通路に響く。
九条は冷静に戦況を見極めながら、愛用の銃を構えていた。
一分の狂いもない精確な射撃。放たれた弾丸は、激しい乱戦の中でも的確に「盾の隙間」をすり抜け、後方の小型機の急所をピンポイントで次々と撃ち抜いていく。
しかし、あまりにも数が多すぎた。
十体を破壊しても、その背後から二十体が隙間を埋めるように湧き出してくる。
九条は即座に狙いを切り替え、銃口を前方の大型機へと向けた。
引き金を引く。
パシィィン……!
鋭い銃声と共に放たれた弾丸が、大型機の装甲へ直撃した。
だがーーー分厚い装甲板の表面に火花をちらしただけで弾丸は激しく弾かれる。
「硬すぎる……っ」
「こちらの攻撃が、完全に貫通しません!」
隊員の絶望的な報告。
「チッ!」
九条の唇から、珍しく苛烈な舌打ちが漏れた。
ガガガガガッ……!
直後、仲間が展開していた空間の防壁に、視認できるほどの大きな亀裂が走り始める。
誰もが「ここまでか」と覚悟した、その瞬間だった。
「――全員、どこでもいい!今すぐ何かに掴まりな!」
背後から、モモの鋭い怒鳴り声が通路に響き渡った。
「モモ隊長、何を――」
数人の隊員が反射的に振り返る。
だが、九条だけはいち早く気づいていた。
モモの全身から、空間そのものを軋ませるほど異常な重力変動が噴き上がっている。
出力の桁が根本から違っていた。
「……モモ、まさか」
九条が目を見張る。
モモは押し寄せる赤眼の機械群を前に、不敵にニヤリと笑ってみせた。
「地面ごと、ひっくり返す」
九条の表情が凍る。
その一言だけで、彼の脳裏には、この地下構造全体が崩落する未来図が瞬時に浮かんでいた。
「それは――」
九条の表情が険しくなる。
「私たちも、ただでは済みませんよ。」
「だから、掴まれって言ったのよ!」
「いや、そういう問題では……っ!」
「九条さん」
モモが、一転して真剣な目で九条を見た。
「……なんですか」
「いいから、掴まって!」
「……チッ」
九条は二度目の舌打ちをすると、躊躇なく隣の壁から突き出た頑強な鉄骨の突起を、両手できつく掴んだ。
「全員、直ちに壁か天井の構造物に身を固定しろ! 急げ!」
九条の怒号に弾かれ、隊員たちが必死になって壁の配管や天井に手をかけ、身体を硬直させた。
次の瞬間、モモが両手を天に向かって力強く突き上げた。
――世界が、反転した。
ドォン……!!!
文字通り、空間の「下」が「上」になった。
床を強固に踏みしめていたはずの大型機たちの巨体が、一瞬で床から浮き上がる。その後ろの小型機たちも同様だった。
そして次の瞬間、
すべての機械兵が、本来あるはずのない「天井」に向かって、猛烈な速度で一斉に「落下」していった。
ズガガガガガガギィィィン……!!!
耳を裂くような轟音。
大型機の質量に耐えきれず、コンクリートの天井が派手に砕け、鉄骨がひしゃげる。何十体もの機械が天井で醜く折り重なり、互いの重量で勝手に潰れ合って動かなくなった。
「……はぁっ!!」
直後、反転していた重力が、本来の方向へと急激に戻った。
今度は、天井に張り付いていた鉄屑の山が、本来の床に向かって一気に「落下」した。
ドスウゥゥゥゥン……!!!
再びの猛烈な轟音。
何十トンもの鉄の塊に叩き潰され、床のコンクリートも耐え切れず崩壊する。
巨大な亀裂が蜘蛛の巣のように走り、通路そのものが悲鳴を上げるように沈み込んだ。
折り重なった機械兵たちは、今度こそ完全に沈黙する。
残ったのは、砕けた装甲の残骸と、火花を撒き散らす鉄屑の山だけだった。
そして、
「…っ、はぁ……!」
モモの膝が、ガクリと崩れ落ちた。
土煙がゆっくりと引いていく。
機械たちの猛攻によって完全に埋め尽くされていた前方には、今や、底の見えない巨大な『大穴』がポッカリと開いていた。
崩落した床の隙間からは、ソラたちが降りていった、さらに深い暗黒の地下世界が覗いている。
通路は静まり返っていた。
九条は鉄骨からゆっくりと手を離し、衣服についた埃を払った。
周囲の隊員たちも、恐る恐る壁から手を離し、自分たちの足で床に立つ。全員が生きていた。誰一人として欠けていない。
九条は、一歩前に出てモモを見た。
「……無茶苦茶だ」
「でも、止まったでしょ?」
モモは肩をすくめ、不敵に笑ってみせる。
「止まりましたが……」
九条は、敵ごと崩落した通路へ目を向けた。
「確かに……これなら、後続もすぐには追って来られませんね」
「でしょ?」
「ですが……」
九条は深く息を吸い込み、乱れた呼吸と眼鏡の位置を直した。
「あなたは死ぬ気ですか?」
九条の声には、珍しく感情が滲んでいた。
モモは一瞬だけ目を細め、それから鼻で笑った。
「は?私は死ぬ気はサラサラないわよ。」
「…はぁ」
九条はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、手元の中で、愛用の銃を流れるような動作でカチリと構え直した。その瞳からは、先ほどまでの焦燥は完全に消え去っていた。
「先に進みましょう。ここで退路を守り続けても、ジリ貧です」
モモが膝に手をついて立ち上がる。まだ足元はわずかにふらついていた。
「そうね。あの子たちのところへ、少しでも近づいておかないと」
それでもモモは歩き出した。九条が何も言わず、そのすぐ隣に並ぶ。
床に開いた巨大な漆黒の大穴を慎重に避けながら、二人は互いの死角を補うように、さらに奥へと歩みを進めていった。




