第122話 地下三層・廊下②
ソラたちが地下深くへと消えてから、どれほどの時間が経っただろうか。
夢洲地下三層――中央管制区画へと続く連絡通路。
そこはもう、先ほどまでの姿を留めていなかった。
壁は砲撃で抉れ、天井からは千切れた配線が垂れ下がり、濃密な煙の向こうで赤い警告灯だけが明滅している。
「――くっ、次から次へと……! 底が知れないわね!」
モモが額の汗を乱暴に拭いながら、鋭い声を上げた。
彼女の周囲では、目に見えない強烈な重力場が絶えず爆発し、迫り来るドローンや四足歩行の機械兵を次々と圧殺している。
だが、一体を押し潰せば、その背後の闇から新たに三体が飛び出してくる。まさに、無限とも思える物量作戦だった。
「各員、持ち場を死守しなさい! ここを破られれば、地下の彼らは完全に退路を失い、孤立無援になります!」
九条がモニターで戦況を確認しながら、怒号に近い指示を飛ばす。
周囲では、隊員たちが展開する障壁が激しい砲撃を受け止め続けていた。
ソラたちが進んだ地下深部へと続く唯一の連絡路だった。
ここを突破されれば、機械兵はそのままソラたちの背後へ雪崩れ込む。
ここを失えば、前進したソラたちを救出することも、自分たちがこの島から脱出することも不可能になる。全員がその重圧を理解していた。だからこそ、第二・第三部隊の隊長たちも、限界を超えて異能を放ち続けていた。
しかし、戦況は確実に、そして不気味なほど急速に悪化し始めていた。
「……おい、何かおかしいぞ」
前線で戦っていた第二部隊の隊長が、防戦一方になりながら息を呑んだ。
「敵の動きが変わった。さっきまでバラバラに突撃してきた連中が……急に動きを合わせ始めやがった!」
その言葉通りだった。
気づけば、前線で大型機械兵が陽動を仕掛ける。その背後では、小型ドローンが音もなく回り込んでいた。
ドガァン……!!
「きゃああっ!?」
防衛機構の隊員数名が、予測不能の角度から放たれた砲撃に吹き飛ばされる。
さらに次の瞬間だった。
「九条隊長っ!!」
死角から放たれたレーザーが、仲間の展開する重力障壁の一点へ集中した。
ギギギギギ……ッ!!
今まで決して破られることのなかった障壁が、初めて悲鳴のような音を立てる。
「なっ……!?」
九条の表情が強張った。
直後、障壁の一部が砕け散り、貫通した光線が九条の肩を掠めた。
鮮血が宙に散る。
「九条さん!!」
モモが叫ぶ。
だが九条は膝をつかない。
九条は肩の血を気にも留めず、静かに拳銃を持ち上げた。
バァァァン
乾いた発砲音。
百メートル以上先で回り込もうとしていたドローンが、センサーだけを正確に撃ち抜かれて沈黙する。
パン。
パン。
二発、三発。
「敵の指揮機を優先します」
九条は淡々と言った。
「統率を失えば、ただの機械です」
しかし、その額には冷たい汗が浮かんでいた。
モモの顔に、初めて明確な戦慄が走った。
それまでマザーのドローンや機械兵は、ただプログラムされた通りに、直線的な物量で突っ込んでくるだけだった。
しかし、ある瞬間から、まるでこちらの戦い方を学習しているかのように、動きが変わり始めた。
「九条さん、もう限界だ! 敵の連携が早すぎて、防衛ラインが維持できない!」
負傷した隊長の一人が、血を流しながら叫ぶ。
「一度、ヘリまで撤退して体制を――」
「ダメよ、引けないわ!」
モモが遮るように叫んだ。
「今ここを捨てたら、地下のソラたちは完全に閉じ込められて圧殺される! 撤退なんて、選択肢にないのよ!」
「だが、このままでは全滅だ!」
前方を埋め尽くす、赤い殺意の光の海。
敵の数は減るどころか、夢洲のあらゆるプラントから未起動だった機体が次々と呼び起こされ、その密度を増していく。完全に包囲されていた。
守るはずだった退路が、今度は自分たちの背後から消えようとしていた。
「……ここまで、私たちを正確に追い詰めるとはね」
九条は肩から流れる血を押さえながら、前方の暗闇を見据えた。
絶望的な数の機械兵たちが、一糸乱れぬ統率された動きで、じわじわと、確実に彼らの本陣へと歩を進めてくる。
退路は消えようとしていた。
ここを死に場所とするか、それとも――。
入り口を守る九条とモモたちの前に、機械兵たちの容赦ない包囲網が、九条とモモたちを追い詰めていた。




