第121話 中枢前区画②
ハァ、ハァ……と、蓮たちの荒い息遣いだけが空間に響く。
蓮が膝に手を突き、額の汗を拭った。
「……はぁ、終わったか……?」
「いいや」
賢者様が、コツンと杖で床を叩く。
全員がハッとして顔を上げた、その瞬間。
奥の闇が沈んだ。
その重量感は、これまでの比ではなかった。
ドスン…
床が、目に見えて激しく振動し始める。周囲の壁が、悲鳴を上げるようにミシミシと揺れた。
ドスン…
そしてーーそれは現れた。
もはや人の形すらしていない、巨大な鋼鉄の塊だった。
【重力制御型・特大型殲滅兵器】
その巨大な機械が進み出てきた瞬間、周囲の空間そのものが、グニャリと陽炎のように歪み始めた。
周囲の重力が、完全に狂い始めている。
「しまっ……!?」
プラズマが安定しない。
「重力干渉されてる……! 能力が安定しねえ!」
「私の氷も……形が保てない……!」
紫苑が氷を展開するが、生まれた瞬間に潰れてしまう。
ズシン、と巨大な機械が一歩前へ進む。
それだけで、彼らが立っている床が目に見えて沈み込んだ。機械を中心に、周囲一帯の重力が異常なまでに増幅されているのだ。
「クソッ、足が……」
蓮が歯を食いしばり、凄まじい重圧に耐えかねて踏ん張る。
「あの機械を中心に、周囲の重力を増幅してる」
御影が鋭く告げた。
「どうすれば……」
その圧倒的な重圧の中、一歩、前に踏み出した者がいた。
日和だった。
「――アカルヒメ!!」
日和の叫びに応じ、その腕を前方に突き出した。
重力の歪みの中でも、アカルヒメは表情を変えなかった。
揺らがずに手を上げ、その超重力を跳ね返そうとする。
しかしそれは、重い。
あまりにも重かった。
結界が歪む、アカルヒメが初めて押される。
「日和さん……っ!」ソラが叫ぶ。
「大丈夫……!」
日和は前を見たまま答える。
「でも……っ!」
日和は、隣に立つ紫苑に視線を向けた。
「紫苑……!」
「……わかった」
紫苑が日和のすぐ真横へと並び立った。
形を保てないのなら、形など崩れたままで構わない。
紫苑は極限の冷気を放ち、日和のアカルヒメの結界と自らの氷を重ね合わせた。
冷気が結界の表面を覆った瞬間、激しく歪んでいた障壁がわずかに安定する。
二つの異能が重なり合い、押し寄せる超重力をその場で食い止めた。
「……抑えられる。……でも……」
日和が、喉の奥から絞り出すように言った。
「でも、長くない」
紫苑が、額から激しい汗を流しながら続けた。
日和は、視線だけで後方の全員を見つめた。
「――先に行って」
紫苑の動きが、完全に止まった。
「でも、一人じゃ……!」
「蓮がいる」
日和が言った。
「まかされた!」
蓮が、鋭い声で紫苑の言葉を遮った。
「行け。お前まで残っても意味がない。お前の氷じゃ、この重力は不利だ」
「それは……っ!」
「俺と日和で止める。ソラだけでは賢者様と御影までは手がまわらねぇ。おまえが連れて先に行け」
蓮の瞳には、迷いがなかった。紫苑なら任せられる――そんな確かな信頼が宿っていた。
紫苑は、最後にもう一度、アカルヒメの結界へ冷気を重ねる。
パキパキと音を立て、歪んでいた障壁の表面を分厚い氷の層が覆った。
「これで少しは保つ。……あとは頼んだ、蓮」
「ああ。早く行け!」
紫苑は一度だけ頷くと、ソラたちとともに奥へと走り出した。




