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Boundary  作者: 楓シロ
121/140

第121話 中枢前区画②

 ハァ、ハァ……と、蓮たちの荒い息遣いだけが空間に響く。


 蓮が膝に手を突き、額の汗を拭った。

「……はぁ、終わったか……?」


「いいや」

 賢者様が、コツンと杖で床を叩く。


 全員がハッとして顔を上げた、その瞬間。


 奥の闇が沈んだ。

 その重量感は、これまでの比ではなかった。


 ドスン…


 床が、目に見えて激しく振動し始める。周囲の壁が、悲鳴を上げるようにミシミシと揺れた。


 ドスン…


 そしてーーそれは現れた。


 もはや人の形すらしていない、巨大な鋼鉄の塊だった。


 【重力制御型・特大型殲滅兵器】


 その巨大な機械が進み出てきた瞬間、周囲の空間そのものが、グニャリと陽炎のように歪み始めた。


 周囲の重力が、完全に狂い始めている。


「しまっ……!?」


 プラズマが安定しない。

「重力干渉されてる……! 能力が安定しねえ!」


「私の氷も……形が保てない……!」

 紫苑が氷を展開するが、生まれた瞬間に潰れてしまう。


 ズシン、と巨大な機械が一歩前へ進む。


 それだけで、彼らが立っている床が目に見えて沈み込んだ。機械を中心に、周囲一帯の重力が異常なまでに増幅されているのだ。


「クソッ、足が……」


 蓮が歯を食いしばり、凄まじい重圧に耐えかねて踏ん張る。


「あの機械を中心に、周囲の重力を増幅してる」

 御影が鋭く告げた。


「どうすれば……」

 その圧倒的な重圧の中、一歩、前に踏み出した者がいた。


 日和だった。

「――アカルヒメ!!」


 日和の叫びに応じ、その腕を前方に突き出した。


 重力の歪みの中でも、アカルヒメは表情を変えなかった。

 揺らがずに手を上げ、その超重力を跳ね返そうとする。


 しかしそれは、重い。


 あまりにも重かった。


 結界が歪む、アカルヒメが初めて押される。


「日和さん……っ!」ソラが叫ぶ。 


「大丈夫……!」


 日和は前を見たまま答える。


「でも……っ!」


 日和は、隣に立つ紫苑に視線を向けた。


「紫苑……!」


「……わかった」

 紫苑が日和のすぐ真横へと並び立った。


 形を保てないのなら、形など崩れたままで構わない。

 紫苑は極限の冷気を放ち、日和のアカルヒメの結界と自らの氷を重ね合わせた。


 冷気が結界の表面を覆った瞬間、激しく歪んでいた障壁がわずかに安定する。


 二つの異能が重なり合い、押し寄せる超重力をその場で食い止めた。


「……抑えられる。……でも……」

 日和が、喉の奥から絞り出すように言った。

「でも、長くない」


 紫苑が、額から激しい汗を流しながら続けた。


 日和は、視線だけで後方の全員を見つめた。

「――先に行って」


 紫苑の動きが、完全に止まった。

「でも、一人じゃ……!」


「蓮がいる」

 日和が言った。


「まかされた!」

 蓮が、鋭い声で紫苑の言葉を遮った。


「行け。お前まで残っても意味がない。お前の氷じゃ、この重力は不利だ」


「それは……っ!」


「俺と日和で止める。ソラだけでは賢者様と御影までは手がまわらねぇ。おまえが連れて先に行け」


 蓮の瞳には、迷いがなかった。紫苑なら任せられる――そんな確かな信頼が宿っていた。


 紫苑は、最後にもう一度、アカルヒメの結界へ冷気を重ねる。

 パキパキと音を立て、歪んでいた障壁の表面を分厚い氷の層が覆った。


「これで少しは保つ。……あとは頼んだ、蓮」


「ああ。早く行け!」


 紫苑は一度だけ頷くと、ソラたちとともに奥へと走り出した。


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