第120話 中枢前区画
重厚な鋼鉄の扉が左右に開いた。
そこは、先ほどの区画よりもさらに天井が高く、圧倒的な広さを持つ地下大空洞だった。
壁や床には、脈打つように青白い光を明滅させる極太の発光ケーブルが網の目のように走っている。だが、その光が照らし出していたのは、通路の奥に整然と、不気味なほど微動だにせず佇んでいる「影」の群れだった。
それは、人間の形をしていた。
金属の骨格、人工的な皮膚の光沢。まごうことなき機械。
だが、その顔立ちや体躯は、あまりにも精密に「人間」を模していた。
十体、二十体――いや、それ以上。
それらがすべて、生気のないガラスの瞳を、侵入者であるソラたちへと一斉に向けていた。
「……気持ち悪いな。咲洲の時の警備ロボとは、ワケが違うぞ」
蓮がプラズマの火花を指先に宿らせながら、嫌悪感を露わにする。
「動く前から、嫌なプレッシャーを放っていやがる……」
御影が、新たに装着した防衛機構製の『高精度戦闘用義手』――黒い金属の右腕を硬く握り締め、無表情のまま呟いた。
最前列の賢者様は、何も言わなかった。
ただ、その深いシワの刻まれた目で、人型機械の群れをじっと見つめている。その眼差しは、押し寄せる敵を警戒しているというよりは、かつて見知った「何か」を懐かしみ、深く思考を巡らせているようでもあった。
カチリ、と空間に硬質な音が響いたのは、その直後だった。
人型機械たちの瞳に、一斉に赤い光が灯る。
次の瞬間、地面が爆ぜた。
速い!
速すぎる!
それはもはや“走る”というより、空間を滑り落ちてくる質量だった。
「散れ……っ!」
蓮の鋭い叫びと同時に、全員が左右へと飛び退いた。
「まずは一体……!」
蓮が突っ込んできた機械兵の胸元へ、最大出力のプラズマの奔流を叩き込む。超高熱の雷撃が直撃し、機械の内部回路が赤くドロドロに溶け倒したはずだった。
だが
――機械兵は倒れなかった。溶けた胸部から火花を散らしながら、まだ動く。
「やべっ!」
蓮が後方に飛び退いた。
次の瞬間、鋼鉄の拳がさっきまで蓮が立っていた床を粉砕する。
ガゴォォォン!!
「ウソだろ…」
紫苑が割って入り、氷の刃で腕を切断した。
しかし、アンドロイドは止まらない。
内部の機械を露出しながら、前進してくる。
「しぶとすぎる!!」
その時だった。黒い塊が後ろから飛び出した。
「どくニャ!」
ソラに向かっていた別のアンドロイドの懐へ潜り込み、鋭い爪を振るう。
ガキン!
クロエの一撃が、偶然アンドロイドの膝裏に深く食い込んだ。
ガガッ……
不快な駆動音がして、アンドロイドの強固なバランスが劇的にくずれた。
「さすが、俺様強いニャ!」
クロエが得意そうに言う。
「止まった…?」
蓮が目を見開く。
その時だった
「関節を狙うホー」
日和の影から声が落ちる。
「人型である以上、関節は弱いはずホー」
紫苑の目が細くなる。
「なるほどな」
蓮が不敵に笑った。
「わっかりやすい弱点あるじゃねえか」
プラズマが一点に収束する。
ジジジジジッーー
と金属が融解する激しい音が響き、関節を失った機械兵がガシャリと床に崩れ落ちた。
今度こそ動かない。
「いける! 関節を狙え!」
「足止めは俺がやる!」
紫苑が前線へと躍り出、床に両手を突いた。彼の意思に呼応し、凄まじい冷気が地を這うように広がり、機械兵たちの足元が、一瞬にして分厚い氷に覆われ、その驚異的な機動力が封じられた。
殺到する機械兵たちの足元が、一瞬にして極厚の氷柱によって強固に凍りつき、その驚異的な機動力が完全に封じられた。
「今だ、蓮!」
「オラァッ!」
動きを止められた機械兵の関節に向けて、蓮の鋭いプラズマが正確に撃ち抜かれる。
ジジッーー!
結合部を焼き切られた機械たちが、次々とただの鉄屑へと変わっていく。
一方、別方向から回り込んできた数体の機械兵に対し、日和が毅然と立ちはだかった。
「――アカルヒメ!」
日和の背後に、神像が姿を現す。
襲いかかる機械兵たちが、超振動のブレードを日和に向けて振り下ろした。だが、アカルヒメが静かにその巨大な両手を掲げた瞬間、日和の周囲の空間が鏡のように歪む。
ドンッ……!!
凄まじい衝撃音と共に、機械兵たちが放ったあらゆる打撃と振動波が、「本人たちへ」と跳ね返された。
自らの放った攻撃で装甲を自壊させて激しく吹き飛ぶ。
その乱戦の中、最も冷徹に、かつ効率的に敵を排除していたのは御影だった。
「……防衛機構の技術も、使いようだな」
御影は新調された黒い戦闘用義手を突き出し、襲いかかる機械兵の肘関節をガチリと鷲掴みにした。
超合金の指が機械の装甲を容易くへし折り、内部の可動構造を、まるでパズルを解くかのように正確無比な角度で「外した」。
ガシャリ、と音を立てて機械兵の腕が脱落する。
「…義手のセンサーが、内部構造まで拾ってくれる。機械相手なら悪くない」
「…御影さん、それどんな気持ちで言ってるんすか?」
ソラは戦う仲間たちを見つめた。
もう、自分だけで何とかしようとは思わなかった。
仲間たちには、それぞれの役割がある。
だからソラは、ただ力を託した。
ドッ、と蓮の手のひらから放たれるプラズマの輝きが、一段と出力を増す。
紫苑の氷の結界が、さらに広範囲へと鋭く展開される。
日和のアカルヒメの障壁がより強固になり、御影の動きが少し鋭くなった。
「――っ、身体が軽い! ソラの援助が来てるな!?」
蓮が、全身に漲るエネルギーを感じて不敵に笑う。
「みんなを信じてるだけです」
「それが一番助かるんだよ!」
蓮のプラズマが炸裂し、残る人型機械たちが、次々と床へと崩れ落ちていった。
一体、また一体と、機械兵が床へと崩れ落ちていく。
やがて、あれほど強固だった機械兵の群れは、すべて物言わぬ鉄の塊となって地下の床に転がった。




