第118話 眠らなかった島
一行は電車を降りてしばらく歩いた。
やがて、夢洲の地下中枢へと続く、巨大な認証扉の前に到着した。
経年劣化など微塵も感じさせないほど強固に閉ざされており、扉前の認証パネルが、薄赤く発光している。
近づいた瞬間、鋭い機械音声が響いた。
『――警告。これより先は最機密区域です。最高管理コードを入力してください』
紫苑が冷ややかに氷の魔力を手に宿らせた。
「……力ずくで突破するか?」
「待ちなさい」
静かに声をかけ、賢者様が前に出た。
全員が息を呑んで見守る中、老人は一切の迷いなくパネルへと近づいていき、シワの刻まれた老いた手を、そっと光る画面にかざした。
次の瞬間だった。
『――システム照合完了。……Administrator recognized(最高管理者として認識されました)。おかえりなさいませ。再同期を開始いたします」
ウィィィィン……!!
100年間、誰も開けることができなかったはずの最重警備扉が、重々しい駆動音を立てて、実にあっさりと左右に割れて開いた。
「まだ、有効じゃったか」
全員が、言葉を失って黙り込んだ。
蓮が、化け物でも見るかのような目で賢者様を凝視する。
「……おい」
蓮の声が震えていた。
「ジジイ。これ、どういうことだよ。なんであんたの手のひらで、開くんだよ……!」
賢者はしばらく認証パネルの光を見つめていた。
まるで、遥か昔の記憶を確かめるように。
やがて小さく息を吐く。
「さてのう」
少し首を傾げた。
「開いたのはラッキーじゃのう」
「いや、それだけじゃ納得がいかねえって……!」
「蓮、議論は後だ。急ぐぞ」
紫苑が蓮の首根っこを掴み、そのまま扉の向こうへと引っ張っていく。
他の者も賢者に疑問を抱きながら、後に続いた。
扉の向こうに広がっていたのは、地上階の廃墟とは完全に一線を画す、圧倒的な「超未来都市」だった。
空気が、完全に変わった。
そこは、目を見張るほどに広大で、天井が遥か高くにそびえる地下大空間だった。
壁、床、天井のすべてを、網の目のように発光する極太のケーブルが走り、大量の青い光(情報)が目まぐるしい速度で流動している。
頭上のレールの上を、無人の小型輸送機械たちが、音もなく静かに走り回っていた。誰も乗せていない。運ぶべき荷物もない。それでも、プログラムされた100年前のルーティンを狂信的に守るように、せわしなく稼働している。
さらに、壁に設置された無数のAI監視カメラが、生き物のようにググッとレンズを動かし、侵入者であるソラたちの動きを完璧に追尾していた。
通路の端には、鋼鉄製の人型機械たちが、何十体も整然と列をなして並んでいる。今はまだ動いていない。だが、その頭部のセンサーだけは、明確にソラたちの方を向いていた。
「すごい……」
ソラは圧倒され、思わず声を漏らした。
「地上はあんなボロボロの廃墟なのに、地下は完全に生きてやがる……」
蓮が周囲を警戒しながら息を呑む。
「100年間、ずっとこの規模で動き続けていたのか?」
九条の顔に、かつてない戦慄が走る。
「いや……そこまでの電力はなかったはずじゃ」
賢者様が、青白く脈打つ地下空間を見渡した。
「じゃが、完全に眠っておったわけでもない。最低限の機能だけを残して、ずっとここにおったんじゃろうな」
「100年間、一人で動き続けてたってこと……?」
モモが冷ややかな、けれどどこか哀れむような目を周囲に向けた。
「一人、という表現が正しいかどうかはわからんのう。――さあ、来るぞ」
賢者様の言葉が引き金となった。
地下二層へと降りるスロープに差し掛かった瞬間、天井のハッチが勢いよく開き、金属音を撒き散らしながら無数の物体が降下してきた。
防衛ドローン。
100年前の旧型機。だが、その筐体は完全に“生きている”。
銃口が一斉に赤く発光した。
「敵襲! 来たぞ!」
紫苑の叫びと同時に、空間が弾けた。
蓮が両手を振り上げる。
「舐めるなよ、旧型が……っ!」
青白い奔流が先頭のドローンを焼き潰し、金属が液体のように崩れ落ちた。
だが。
「……終わらねぇぞ!」
天井の闇から、次が落ちてくる。
十体、二十体、三十体――“数”が崩れない。
まるで侵入者を排除するために“吐き出している”ようだった。
「まとめて固める!」
紫苑が床を蹴り、強烈な冷気を前方に展開した。
冷気が一気に広がり、空間の温度が落ちる。
ドローンが空中で凍結し、そのまま床へ落下して砕け散る。
日和がノアを抱いたまま、前に手を掲げる。
「アカルヒメ…」
異形の人形が顕現する。
静かに両手を掲げた瞬間、日和の前方の空間が歪んだ。
ドローンから放たれたレーザーがその歪みに衝突し、そのまま反転する。
数体のドローンが炎に包まれて墜落した。
御影は素早く携帯端末を展開した。
義手となった右手を含め、両手が凄まじい速度でキーを叩いていく。
――ピピピピッ。
アクセス承認。
突撃しようとしていたドローン一体の制御ライトが、赤から青へと変わった。
「……ハッキング完了。こっちの弾除けにする」
御影が冷酷に告げると、ハッキングされたドローンが反転し、仲間のドローンを銃撃し始めた。
「邪魔っ‼︎」
モモが前に出、その両手を激しく振り下ろした。
彼女の周囲の重力場が極限まで増幅され、上空のドローン数十体が、一瞬で床へと叩きつけられた。
「全員、散開しつつ経路を確保してください! 立ち止まるな!」
九条の的確な指示が飛び、全員がドローンを破壊しながら、さらに深部へと突き進む。




