第116話 夢洲
国直属の防衛機構が所有する大型作戦ヘリは、真っ黒な大阪湾の上空を低空で滑るように飛行していた。
夜の海は、空と境界が消えていた。
キャビンの丸窓の外には、ただ重く、底の知れない漆黒の海がどこまでも広がっていた。
だが、その暗闇の果て、ヘリの進行方向の先に――突如として「それ」は現れた。
夢洲だった。
100年間、立ち入り禁止として完全封鎖されていたはずの人工島。
島全体が、内側から染み出すような、薄く、青白い光を放って不気味に明滅している。
そこに人は誰もいないはずだった。電気が通っているはずもなかった。
なのに、島そのものが自律的な意志を持って呼吸しているかのように、確かに光り輝いていた。
「……綺麗だな」
誰も、その言葉を否定できなかった。
あれは明らかに異常だった。
世界を壊しかねない、最悪の光景だった。
それでもなお、人の目を奪うほどに、美しかった。
賢者様だけは、窓の外を見つめたまま、何も言わなかった。
その横顔には、恐怖ではなく――どこか、遥か昔を見つめるような静かな感情だけが浮かんでいた。
ソラもまた、窓のガラスに顔を寄せ、じっとその光を見つめていた。
皮膚の裏側が、かすかにピリピリと震える。
気のせいか、あの青白い光の群れが、自分を呼んでいるような錯覚を覚える。内側へと引き寄せられるような、抗いがたい引力。
(いや……これは、僕の能力のせいか?)
ソラは頭を振り、手のひらを強く握りしめて窓から目を離した。
自室で賢者様に言われた通り、押し寄せる感覚をすべて受け取る必要はない。自分に必要なものだけを「選ぶ」のだと、自分に言い聞かせる。
機内の無線は、完全に沈黙していた。
これより先は、外部からの支援は望めない。
ヘリの中は、驚くほどに静かだった。
蓮はシートに深く背を預け、きつく目を閉じている。だが、その指先は小さく跳ねており、眠っていないのは明白だった。
紫苑は無表情のまま窓の外の闇を凝視していたが、膝の上の拳が微かに震えていた。
日和はノアを胸元に強く抱きしめ、気配を殺している。彼女の影から、いつもなら這い出てくるクロエもトバリも、今は静かに眠っていた。
モモは深く腕を組み、冷徹な目で前を見据えている。
九条は膝の上のモニターをじっと見つめていたが、その指先は何も打ち込んでいなかった。
そして壁際のシートには、御影も乗っていた。
義手となった右手を膝に置き、黙って前を見つめている。
本来なら最前列に座っているはずの男はいない。
かわりに賢者様がカイの刀を両手で包むようにして、静かに瞑目していた。
ソラは、その全員の横顔を見渡した。
ここにいる誰も、上層部や誰かの命令で動いているわけではない。全員が、自分の意志で、このヘリに乗っていた。
大型ヘリは、青白く脈動する“夢洲”へ向けて、夜の大阪湾を一直線に突き進んでいったーーー




