第113話 会議室
その会議は、もはや「身内の作戦会議」などではなかった。
国連直属の防衛機構日本支部、その最深部にある統合作戦司令室。
いつも第一部隊が使っているアットホームな会議室とは違い、天井が高く、冷徹な青い光に満ちたその部屋には、防衛局の幹部や政府高官、技術研究班のチーフたちが、重苦しい表情で円卓を囲んでいた。
そして――第一部隊の面々は、その円卓に座ることを許されていなかった。
蓮、紫苑、日和、モモの四人は、円卓から少し離れた、壁際の後方席に並んで座らされていた。
第一部隊の絶対的支柱であったカイが消失し、副隊長の師乃が敵の最高首謀者・久世と共に去った。
当事者であり、内部から離反者を出した部隊でもある彼らは、重要な現場証言者でありながら、同時に監視される側でもあった。
誰も口を開かない。
ただ、中央の透過巨大スクリーンに映し出される、大阪湾のホログラムだけが不気味に明滅していた。
「……信じられん」
円卓の席に座る防衛局の幹部が、忌々しげに書類を叩きつけた。
「能力管理局の上級顧問だった久世が、旧AIコアを狙う組織の首謀者だったとは……。我々の動きは、最初から久世に把握されていた可能性があるということか」
「それだけではありません」
円卓の端にいた技術研究班のチーフが、震える指先でキーボードを叩いた。スクリーンに、激しく発光を続ける「夢洲」の三次元構造図が展開される。
「昨夜、咲洲の最深部で六個の旧AIコアが完全同期した直後から、夢洲全域で異常な電磁波とエネルギー反応が観測されています。100年間、完全に沈黙し、電力が遮断されていたはずのあの島が、内側から『システム』を再駆動させている……」
研究員の一人が、スクリーンを凝視したまま息を呑んだ。
「まさか、この地下構造……この、幾何学的な巨大回路の配置は……」
「ああ、間違いない。先の大戦時、人類を滅亡寸前まで追い込んだ自律型超AI――」
「『マザー』の、本体コア構造と完全に一致しています……!」
悲鳴に近い研究員の報告に、司令室がざわざわと揺れた。
100年前人類を滅亡寸前まで追い込んだとされる大戦。その真相として最高機密の奥に封じられていた「マザー」が、いま目覚めようとしている。
円卓の中央にいた醍醐が、深く、重いため息をついて隣の九条を見た。
九条は、灰色の瞳を険しく細めたまま、ただスクリーンの光を見つめていた。
「……確定、だな」
伊那世の低くかすれた声が、室内の雑音を排した。
「敵の真の狙いは、コアそのものの回収ではなかった。コアはあくまで鍵。奴らは最初から、あの人工島の地下に眠る『マザー』の完全起動を目論んでいたのだ」
「マザーを起動して何をするつもりだ」
「再び戦争でも起こすつもりか?」
会議室がざわめいたその時、
「じゃあ、俺たちは……カイさんは、何のために……!」
後方席から、蓮が耐えかねたように声を荒らげた。
「蓮隊員、私語を慎みなさい。ここは君たちの作戦室ではない」
幹部の一人が冷酷に言い放つ。
「我々がいま議論すべきは、夢洲の現在の脅威レベル、およびマザー再起動阻止のための国家的防衛ラインの再構築だ。これ以上の情報漏洩を防ぐため、第一部隊の全作戦権限は一時凍結――」
「んなことより!!」
蓮がデスクを激しく叩いて立ち上がった。椅子がガタンと大きな音を立てて後ろに下がる。
「んなことより、カイさんはどうなったんだよ!? 夢洲がどうとかマザーがどうとか知るかよ! あの場で消えたカイさんは、今どこにいるんだよ!!」
「落ち着け、蓮」
紫苑が隣から蓮の肩を強く掴み、力ずくで座らせようとする。
日和はノアをきつく抱きしめ、恐怖に身体を強張らせていた。モモもまた、冷ややかな目で円卓の大人たちを睨みつけている。
「……現時点で死亡確認は取れていない。だが、生存を前提に判断できる状況ではない」
幹部が冷たく答えた。
「現場には刀が残されていたのみ。それに、君たちの部隊からは現に時量師乃という最悪の裏切り者が出ている。カイ隊長自身が本当に被害者なのか、あるいは久世の計画に最初から一枚噛んでいたのか、それすら我々は――」
「てめえ、ふざけるなよ……!!」
蓮が立ち上がる。
「第一部隊だけ疑ってんじゃねえよ!久世だってそっち側の人間だっただろ! 政府側の人間じゃねえか!」
蓮の身体から、強烈なプラズマの圧が膨れ上がる。
「静粛に!」
醍醐が鋭い声を張り上げ、場を制した。
醍醐は蓮を厳しい目で見つめたあと、手元の資料に目を落とした。
「……第一部隊のソラ隊員は、どうした。なぜここにいない」
九条が、静かに答える。
「現在、精神状態が極めて不安定につき、自室にて待機させています。咲洲からの帰還時、彼の体内でエネルギーの異常暴走を確認しました。会議に参加できる状態ではありません」
防衛局の幹部の1人が、冷めた声でつぶやいた。
「現状、第一部隊は戦力として計算できんな」
壁際の後方席に、絶望と屈辱の重い沈黙が降り積もる。
蓮は顔を両手で覆い、紫苑はきつく目を閉じた。
世界規模の危機を前に、自分たちは「戦場から完全に置いていかれた」のだという冷酷な事実だけが、司令室の青い光の中に浮かび上がっていた。




