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Boundary  作者: 楓シロ
110/140

第110話 再始動

 その時だった。


 遥か遠く、海の向こうから、地響きのような「低い音」が響いてきた。


 地鳴りではない。もっと、人工的で、巨大なインフラが駆動を始めたような、重低音。 


「……え?」


 ソラが、濡れた前髪を上げて顔を巡らせた。

 紫苑もまた、驚愕に目を見開き、海の向こうの一点を見つめている。


 方角は――「夢洲(ゆめしま)」


 咲洲のさらに奥に位置する、あの完全立入禁止の、静まり返っていたはずのもう一つの人工島。


 その闇に包まれていた夢洲の輪郭に、いま、ぽつりと不気味な光が灯った。


 一つ。また一つ。さらに、数十、数百。


 100年間、誰も立ち入らず、完全に電力が遮断されていたはずの夢洲の巨大な建造物や廃墟群に、まるでドミノ倒しのように、次々と明かりが灯っていく。


 夢洲そのものの内部に、巨大な回路が通電し始めたような、不気味な光だった。


 それはまるで、100年の深い眠りについていた巨大な怪物が、いま、静かに目を覚ましたかのような、おぞましい光景だった。


「あれ……何、が……」

 ソラが声を震わせる。


「夢洲だ……」

 紫苑の顔が、驚愕で青ざめていく。

「何が起きてるんだ……電力が、復旧してるのか? いや、そんなはずは……」


 二人はただ立ちすくんだまま、大阪湾の向こう側で、島全体が生き物のように怪しく輝きを増していく夢洲の光景を、呆然と見つめ続けるしかなかった。


 その時、背後のコンテナの影から、慌ただしい複数の足音が迫った。


「ソラ! 紫苑!!」


 蓮だった。

 そのすぐ後ろには、まだ幼いノアをぎゅっと抱きかかえた日和、そしてモモ、九条、第二部隊の面々が、地下の激戦を終えて全員息を切らせて駆けつけてきた。


「無事か!? 何があった、今の光は!」

 蓮がソラの元へ駆け寄り、その肩を掴む。


 だが、ソラの尋常ではない様子に、すぐに声を潜めた。

「……おい、何があったんだよ。カイさんはどうした?」


 ソラは、ゆっくりと首を横に振った。涙が、アスファルトへ零れ落ちる。

「逃げられました……。久世、が……」

「久世? 何言ってんだよ、久世って、あの政府の――」


「カイさんが……消えて……」

「久世さんが……敵で……」

「師乃さんも……向こうへ行きました……」


「っ……!!」


 蓮の身体が、凍りついたように硬直した。

 日和が息を呑み、モモの顔から余裕の笑みが完全に消え去る。

 九条は信じられないといった様子で、ただ天を仰いだ。


 誰も、次の言葉を発することができなかった。


 蓮の手が、ソラの肩からゆっくり離れた。

 何かを言おうとして唇が動いたが、声にはならなかった。


 やがて、蓮の視線が、海の向こうの異様な輝きへと向けられた。


「……じゃあ、あの夢洲の光は」

「…わかりません」


 その光だけが、カイの消えた直後の世界に残された、異様な変化だった。


「でも……あの地下で、最後の旧AIコアが完全に起動したことと、絶対に、関係があると思います」


 全員が、何も言わずに海の向こうを見つめた。


 大阪湾を挟んだ向こう岸で、夢洲の光はさらにその輝きを広げ、不気味に、そして確実に、世界を塗り替えようとしていた。


 仲間を失った第一部隊の面々を、夢洲の光だけが静かに照らしていた。


 百年前に終わったはずの物語が。

 再び、動き始めていた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

番外編も挟まず、このまま最終章へ突っ走りたいと思います。

最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。

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