第109話 遠ざかる背中
凄まじい風を浴びながら、二人はついに地上へと躍り出た。
そこは、夜の咲洲――広大なコンテナヤードの片隅だった。
容赦なく吹き付ける冷たい強風。濃い潮の匂い。
闇の中に整然と並ぶ無数の巨大なコンテナの向こう側には、黒く静まり返る大阪湾が広がっている。
だが、ソラの目は、コンテナの隙間を猛スピードで駆け抜けていく人影を捉えていた。
久世、そして師乃だ。すでに彼らとの距離は、絶望的なほどに離れていた。
「まだ、そこにいる……っ!」
ソラは痺れる足を叱咤し、さらに地を蹴った。紫苑もまた、氷の粒子を足元に滑らせながらその後を追う。
だが、地面を踏むたび、港湾の地盤振動が足からソラへと流れ込む。
コンテナに接近するたび、金属が蓄えた昼間の余熱がソラへと引きずり込まれる。
走れば走るほど、ソラの身体はエネルギーの過充填で鉛のように重くなり、視界が光で白く染まっていく。
器が、限界だった。
もう一歩が、踏み出せない。
その時、遥か前方を走っていた久世が、ふと足を止め、ゆっくりと振り返った。
彼は遠くから、身体を光らせて苦しむソラの姿を、じっと見つめた。
そして――ただ、憐れむように、冷酷に笑った。
久世が再び前を向いた瞬間、彼らの身体は黒いマントの翻りと共に、コンテナヤードの深い暗闇の中へと、煙のように掻き消えた。
「待って……!! 待ってください!!」
ソラの悲痛な叫びは、冷たい海風にかき消され、誰にも届かなかった。
消えた。
気配も、足音も、完全に。
「……う、あ……」
ソラは走る力を失い、その場にガクリと両膝を突いた。
しかし、地面に手のひらをつけた瞬間、港湾設備から伝わる微細な振動が、再び身体へと容赦なく流れ込んでくる。
「ソラ! 地面から手を離せ! 中で暴走してるエネルギーを止めろ!」紫苑が駆け寄り、悲鳴のような声を上げる。
ソラは慌てて手を離し、自分の身体を見つめた。
皮膚の裏側を、狂暴な光の粒子がのたうち回っている。溢れている。止まらない。このままでは、本当に自分が消し飛んでしまう。
「どうすれば……どうすればいいの……っ!」
「出せ!」
紫苑がソラの肩を掴み、叫んだ。
「体の中に溜め込むな! どこでもいい、全部外に吐き出せ!」
「出す、って……どこに……」
ソラは、目の前に広がる漆黒の海――大阪湾を見た。
無限の容量を持つ、深い闇の器。
「……あああああぁぁぁっっっ!!」
ソラは海に向かって両手を突き出し、魂を絞り出すように叫んだ。
次の瞬間、ソラの内側に溜め込まれていた膨大なエネルギーが、行き場を失った濁流のように、一気に海へと吹き出した。
ドォォォォォン!!!
凄まじい閃光が大阪湾の海面を真っ白に照らし出し、衝撃波によって巨大な波飛沫が立ち上がる。
数秒の後。
エネルギーを完全に吐き出し終えたソラの身体から、光が静かに消えていった。
「はあ……はあ……はあ……っ」
ソラは激しく息を切らせながら、その場に崩れ落ちた。
ガタガタと震えるその手だけは、カイの刀を離していなかった。




