第103話 フードの男
「……やっぱりな」
黒いフードの奥から現れたのは、この場には最も不釣り合いな男の横顔。
ーーー久世だった。
会議室で何度も顔を合わせた男。
政府側の席から、いつも冷静にこちらを見ていた男。
だが、今その男は
黒マントを纏い、100年前の制御盤の前に立ち、
その指先は、激しく明滅する旧AIコアを、今まさに起動させようと動いていた。
久世がゆっくりと首を巡らせ、カイを見た。
その瞳に、驚きの色は微塵もなかった。
「気づいていたか、カイ」
「なんとなくな」
カイは刀の切っ先をぴたりと久世の喉元へ向けたまま、低く吐き捨てた。
「くっさい臭いがな、プンプンしたぜ」
「……ふっ。それだけか」
「それだけで十分だ」
久世の薄い唇が、僅かに吊り上がる。
それは、政府の会議室で見せていたものとは違う笑みだった。
もっと静かで
もっと冷たい
人間味の薄い笑みだった。
「お前は本当に優秀だな、カイ。優秀で、鋭すぎる。……だからこそ、我々にとってこれ以上なく厄介な存在だった」
「お世辞はいらない」
「そうか」
久世が薄く笑う。
「ならば訂正しよう」
久世がそう言い終えるより早く、カイの身体から、さらに鋭利な殺気が膨れ上がる。
「そこを動くな。今すぐコアから離れろ」
「無駄だ。もう遅い」
久世が、背後の透過モニターへ視線を戻した。
その瞬間、円柱の中で眠っていた六つ目の旧AIコアが、それまでの数倍に達する凄まじい青白い閃光を放った。
「システムの完全起動は、すでに始まった。お前がこの部屋に足を踏み入れるより前に、私はもう『最後の引き金』を押したのだよ」
カイの視線が、久世の背後で脈動するコアへと走る。
ドクン。
ドクン。
もはや「鼓動」のようなものが始まっていた。
ゆっくりと、しかし狂おしいほどの確実性を持って、何かが、目覚め始めていた。
「……何をした」
「必要なことをしたまでだ」
久世は冷ややかに、しかし陶酔を帯びた声で言った。
「お前たち能力者機構の人間には、到底理解できない計画だ」
「黙れっ!」
カイの身体が爆発的な速度で踏み込んだ。
大気を引き裂く渾身の一閃。
久世は自らの周囲の重力を瞬間的に反転させ、その場から弾かれるようにして後退した。
だが、その瞬間だった。
――ッ!?
正面の久世からではない。
完全に死角である「真横」の闇から、おぞましいまでの殺気が殺到した。
カイの直感が、何かが来ると捉える。
しかし、久世との激突の直後――ほんの一瞬だけ、反応が遅れた。
ハッとして、カイの目が大きく見開かれる。
闇から迫った不可視の衝撃が、カイの周囲を白く塗り潰した。




