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Boundary  作者: 楓シロ
103/140

第103話 フードの男

「……やっぱりな」


 黒いフードの奥から現れたのは、この場には最も不釣り合いな男の横顔。


 ーーー久世だった。


 会議室で何度も顔を合わせた男。

 政府側の席から、いつも冷静にこちらを見ていた男。

 だが、今その男は

 黒マントを纏い、100年前の制御盤の前に立ち、

その指先は、激しく明滅する旧AIコアを、今まさに起動させようと動いていた。


 久世がゆっくりと首を巡らせ、カイを見た。

 その瞳に、驚きの色は微塵もなかった。


「気づいていたか、カイ」


「なんとなくな」


 カイは刀の切っ先をぴたりと久世の喉元へ向けたまま、低く吐き捨てた。


「くっさい臭いがな、プンプンしたぜ」


「……ふっ。それだけか」


「それだけで十分だ」


 久世の薄い唇が、僅かに吊り上がる。

 それは、政府の会議室で見せていたものとは違う笑みだった。


 もっと静かで

 もっと冷たい

 人間味の薄い笑みだった。


「お前は本当に優秀だな、カイ。優秀で、鋭すぎる。……だからこそ、我々にとってこれ以上なく厄介な存在だった」


「お世辞はいらない」


「そうか」


 久世が薄く笑う。


「ならば訂正しよう」


久世がそう言い終えるより早く、カイの身体から、さらに鋭利な殺気が膨れ上がる。


「そこを動くな。今すぐコアから離れろ」


「無駄だ。もう遅い」

 久世が、背後の透過モニターへ視線を戻した。

 その瞬間、円柱の中で眠っていた六つ目の旧AIコアが、それまでの数倍に達する凄まじい青白い閃光を放った。


「システムの完全起動は、すでに始まった。お前がこの部屋に足を踏み入れるより前に、私はもう『最後の引き金』を押したのだよ」


 カイの視線が、久世の背後で脈動するコアへと走る。


 ドクン。

 ドクン。


 もはや「鼓動」のようなものが始まっていた。

 ゆっくりと、しかし狂おしいほどの確実性を持って、何かが、目覚め始めていた。


「……何をした」


「必要なことをしたまでだ」

 久世は冷ややかに、しかし陶酔を帯びた声で言った。

「お前たち能力者機構の人間には、到底理解できない計画だ」


「黙れっ!」

 カイの身体が爆発的な速度で踏み込んだ。

 大気を引き裂く渾身の一閃。


 久世は自らの周囲の重力を瞬間的に反転させ、その場から弾かれるようにして後退した。


 だが、その瞬間だった。


 ――ッ!?


 正面の久世からではない。

 完全に死角である「真横」の闇から、おぞましいまでの殺気が殺到した。


 カイの直感が、何かが来ると捉える。


 しかし、久世との激突の直後――ほんの一瞬だけ、反応が遅れた。

 ハッとして、カイの目が大きく見開かれる。


 闇から迫った不可視の衝撃が、カイの周囲を白く塗り潰した。


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