第102話 確信
カイは、崩落の進む地下通路を単身、疾走していた。
背後では、なおも爆発音と、金属音が鳴り響いている。
だが、奥へと足を進めるにつれて、その喧騒は急速に遠ざかっていた。
代わりに鼓膜を震わせ始めたのは、地鳴りのような低い振動音だった。
ゴォォォ……。
まるで、巨大な何かが深く、重い呼吸を繰り返しているかのような重低音。
冷たい静寂が支配する通路の先。
分厚い防爆扉が、何かの衝撃でひしゃげたまま、半分だけ開いていた。
そのわずかな隙間から、青白い、刺すような光が漏れ出している。
カイは微塵も足を緩めない。
迷うことなく、そのまま防爆扉の向こうへ踏み込んだ。
――そこは、広大な地下制御室だった。
100年前の遺構とは思えないほど、圧倒的なスケールを持つ円形の空間。
壁面に沿って整然と並ぶ古い制御卓の数々は、どれも埃を被り、一部は戦争の爪痕で焼け焦げている。
天井から垂れ下がる無数の高圧ケーブルが血管のように空間を這っていた。
そして。
部屋の中央で、それは異様な存在感を放っていた。
巨大な強化ガラスの円柱。
その内部に据えられた、眩い光球。
――“六つ目の旧AIコア”だった。
これまでに回収してきたどのコアとも、比較にすらならない。
ゴォォォ……、
ゴォォォ……。
低い振動音と共に脈打つたび、制御室そのものが、震える。
膨大なエネルギーが、そこに存在した。
その光の前に、一人の影が立っていた。
漆黒のマントを揺らし、煤けた制御盤へ滑らかな手つきで何かを入力している。
「止めろ」
広い制御室に、カイの冷徹な、しかしドスの効いた低い声が響き渡った。
黒マントの男は、振り返らない。
カイの接近を最初から知っていたかのように、ただ淡々と、静かに操作を続ける。
「……もう少しなんだ」
フードの奥から漏れ聞こえてきたのは、酷く落ち着いた、低い男の声だった。
その声には、焦りも、恐怖もない。あるのは底知れない確信だけだ。
「あと少しで、マザーの……いや、世界の“鍵”が開く」
「……何を開ける気だ」
その問いに、黒マントの男が、初めて入力を止め、ゆっくりと振り返った。
深く被ったフードの影。
その顔は、未だ青白いコアの逆光と暗闇に紛れ、判別することができない。
「お前なら、もう分かっているはずだ。カイ」
瞬間。
極限まで張り詰めていた大気が、爆ぜた。
キィィィン――!
言葉の終わりを待たず、カイの刀が閃光となって奔る。
それと同時に、男の周囲の空間が、凄まじく歪んだ。
ドガァァァァァン!!!
カイの真空波が、空中で押し潰された。
激突。
吹き荒れる衝撃波。
砕け散る古い制御卓の金属片が、弾丸となって周囲の壁を穿つ。
火花だけが見えた。
斬撃と空間の歪みが激突するたび、制御室が爆発した。
カイの刃が、男の纏う重力の障壁に何度も激突し、そのたびに凄まじい音が空間を震わせる。
だが。
一撃、二撃と、肉薄しながら刃を交えたその瞬間。
カイの瞳の奥が、微かに、しかし決定的に揺れ動いた。
肌を刺す、この質量。
大気を平伏させる、圧倒的な重力制御の波形。
そして、自分の神速の剣筋を完全に先読みしているかのような、洗練され尽くした体術の捌き方。
「……やっぱりな」
カイが、刃を噛み合わせたままで、絞り出すように低く呟いた。
その声には、怒りとも、あるいは深い諦念ともつかない複雑な感情が混ざり合っている。
黒マントの男は、何も答えない。
ただ、不気味なほど静かに、自らの頭部を覆うフードへと、ゆっくりと手をかけた。
青白い光が、フードの奥にある顔を照らしたーー。




