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狂乱戦域 編 プロローグ

 この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ  「神曲」

 金属の冷たい感触(かんしょく)が、ガクの手に食い込んでいく。酷く重いし、冷たい。


「ぐ……」


 痛みに、ガクはうめき声を上げる。視界のほとんどが、巨大な金属の箱で見えない。ガクは、それを、何とか押し返す。


 金属の箱を持っているのは、金髪碧眼の女性。無骨(ぶこつ)な箱で、ガクを押しつぶそうとしている。


「こんなことは……やめてください」


 ガクは震える声で、女性に言う。


 女性は、感情のこもらない声で、


「嫌だ」


 金属が、こぉおお、と鳴き、先端(せんたん)に空いた穴から、すさまじい勢いで「何か」が発射される。しゅん、と音をたて、細く鋭い何かが放たれる。ガクの背後の壁が、じゅっ、と鈍い音をたてる。


 細かい水滴(すいてき)が、ガクの肌に当たる。


 ―冷たい……水流を高圧で圧縮し射出して、斬撃を作り出しているのか?


 ―このままでは、斬られる……だが、腕力が足りない


 ガクは、異能を発動―〈植物操作〉でバッグに入れた植物を操作し、花粉を出させる。それが女性の顔に当たる。


 女性は、咳き込み、わずかに力が緩(ゆる)む。その瞬間、ガクは金属を押し上げる。金属から放たれている、細く、鋭い水流が天井に向けられる。


 炸裂音(さくれつおん)と共に、天井に、小さく丸い穴が開く。そして、非常に細かい霧が周囲に発生した。


 視界が悪くなった瞬間、ガクは窓に向かって逃走。そして、窓をけ破り、外へ。ガラスが割れ、現れたのは膨大(ぼうだい)な数の廃墟群。


 ガクは、植物のツルを伸ばし、建物の柱に巻き付ける。何とか、地面に着地。


 しゅん、と鋭い音がし、水流の刃が周囲にあたる。


 廃墟が、真っ二つに切り裂かれ、ず、ず、ず、と埃と瓦礫をまき散らしながら、崩壊していく。そして、その切れ目からは、水が、血のように、流れ、地面を黒く染めていく。


 ガクは、走り出し、距離を稼ぐ。


 ―クソ……北部同盟最強の騎士《激流の女傑》と戦うなんて、思ってもみなかった


 数分走り、何とか距離を稼ぐ。そして、廃屋に逃げ込む。息が切れ、水筒から水を飲む。


 ―地獄か……ここは?


 ガクは、打ち捨てられた廃墟群を見る。アイメルト領だった、巨大な都市。だが、今は見る影もない、巨大な廃墟が立ちならぶゴーストタウンだ。


 ガクは、呼吸を整え、思い出す。


 2週間前、ここでアイメルト家の残党が暴れているという通報があった。


 北部同盟は、水を使う異能者であり、最強の騎士である《激流の女傑》と呼ばれているアリシア・ゼーフェリンクとその部下を派遣した。だが、彼らは、消息を絶ち、連絡も途絶えた。


 そこで、ガクやチユキ、そして傭兵を交えたチームが再度、派遣されたのだ。


 ―一体、何か起きている


 あの長身女性は、どう見てもアリシア・ゼーフェリンクだった。彼女とは、何度か会ったこともある。見間違う訳がない。


 ―心髄共鳴による幻覚か? いや違う


 心髄共鳴による幻覚攻撃は、心髄共鳴の基本中の基本だ。ガクを始め、騎士たちは徹底した訓練を受け、生半可な幻覚は受けない。


 それに、今回の失踪騒ぎが、心髄共鳴によるもの、という推理もあり、徹底した対策を練ってきた。


 ―幻覚じゃない。だとしたら、洗脳? だが、アリシア・ゼーフェリンクには、洗脳を受けている者特有の生体反応はなかったし、薬の臭いもなかった


 自分の意志で、同士討ちをしている。


 ―なぜだ?


 ガクは、腰から小さなナイフを抜く。先ほどの戦いで、武器は全て失っていた。


 ―チユキらと合流しなければ

 読んで頂きありがとうございます

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