7-9
【1】
青髭は、《業火》の前にいた。足止めは数分も持たなかった。
「残念だったな」
青髭は、剣を《業火》に向け、振り下ろす。
―ここまでか
《業火》が目を閉じた瞬間、激しくむせび泣くような絶叫が聴こえる。《業火》が目を開ける。すると青髭が頭を押さえ、呻いていた。
「あなたを受け入れたのに……なぜ……あなたを」
青髭はうわごとを叫びながら手すりにぶつかる。手すりが欠け、階下に落ちる。手すりだった木片は、その高低差でバラバラに砕け散る。
青髭は、すさまじい頭痛に襲われているようで、痙攣しながら、その場で暴れている。だが、ふと我を取り戻したように、
「まさか……」
青髭がつぶやいた瞬間、手すりから身体が落ちる。
「あっ!」
《業火》が手を差しだすも、青髭には届かない。
ソフィアとは違い、何かで速度を殺しながら落ちた訳ではないので、勢いよく青髭は落下。鈍い音をたてて、埃が舞う。
《業火》は、階下をゆっくりと見下ろす。
青髭の額は割れていた。まだ息はあるようだった。
「師匠……なんで」
【2】
ソフィアは、青髭を見下ろしていた。重傷だが、まだ息があった。
―聖職者から、異能を濫用しようとした者が現れたなんて、世間にバレる訳にはいかない。どのみち、異能の誘惑に負け。子供を殺すような者は生かしておけない
殺さないと、とソフィアは呟き、手のナイフを首筋に当てる。
「なんで……だよ」
二階から《業火》の声が聴こえる。泣いているのか、声は湿っていた。
ソフィアはそれを無視し、青髭の喉笛を掻き切った。何度も、何度も。
青髭は、ごぼごぼ、と自分の血で溺れながら死んで行く。そして、
「なんで……だろうな」
青髭はそう言い、息を引き取った。
―なんで? そんなのは、この男が弱いからに決まっているじゃないか
ソフィアは冷たい眼で亡骸を見下ろす。だが、その手は、激しく振るえていた。
【3】
《業火》は、自分の眼をゴシゴシとこする。夢なら醒めて欲しかった。肩が優しく叩かれ、振り向くとソフィアがいた。
ふたりは、子供たちを馬車に乗せ、救貧院を後にした。
青髭の書斎から見つかった資料によれば、読み書きができる子供を人売りから買い、特殊な教育を施していたのだという。ヒトの想像力を利用し、異能力を超える力を作り出す、それが青髭の目的だったようだ。
「想像力……それは過去の経験や記憶から、新しいものを生み出し、未来を規定する能力……<加護>の種明かしがこれか……」
ソフィアは、青髭の残した資料をぼんやりを声に出す。
《業火》は、馬車に揺られながら、助けた数人の子供たちを眺めていた。子供の目は落ちくぼみ、虚空を見つめている。身体は傷だらけで、全員が酷い栄養失調だった。
まだ青髭が死んだことが信じられなかった。なにより、青髭が異能に取り付かれ、武器として利用していたことが信じられなかった。
―真摯な鍛錬の積み重ねが異能をも乗り越える。だからこそ、異能を至上のものとし、皆が傾倒するのは危険だ
そう言い、アイメルト騎士団に反抗していた騎士は死んでしまった。否、もともと死んでいたのだ。いつかは分からない。誰かが、それとも心の悪魔が囁いたのだ―異能にならないか、と
《業火》は歯噛みし、胸を押える。心に穴が空き、内臓が抜かれたような喪失感があった。記憶が鮮やかに蘇り、もう手にできないはずなのに、まだそこにあるかのように輝き始めた。
―もう、何を信じれば良いかわからない
《業火》は嗚咽しかけ、ぐっとこらえる。まぎらわせるように、自分が助けた子供を見る。
子供が、ソフィアの腕に抱きついている。
「……おひさま」
ソフィアが子供の頭を優しくなでる。本当に愛おしそうに。優しい声色で、子守唄をうたいながら。しかし、その瞳は、何かを睨みつけるかのように鋭い。
《業火》は、頬に温いものを感じ、顔を触る。気が付くと、涙があふれていた。
かつて、ソフィアが言っていた言葉がよみがえる。
『いずれ、多くの人が異能力を使えるようになるかもしれない。そうすれば、世界は変わる……だからこそ、力を制御し、管理するシステムを作りあげなければならない。その為になら、私は地獄にも落ちる』
―何を信じれば良いのか? そんなの決まっているではないか
《業火》は、涙を拭き、首を垂れる。神に並ぶほどの異能力があったとしても、目の前の女性に比べれば無価値なものに感じただろう。
―ソフィア・アイメルト。お前が描く未来のために、俺は闘う
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