3.5-9
改定を行い、文字数が増えたので分割しました。
「こんなところで、大した機材もなしに、異能研究とは……」
《業火》は、施設を目の前にし、心のなかでつぶやく。
建物は、数人の騎士が警備をしている。アイメルト家騎士団の者もいた。
《業火》は音もなく、騎士の背後に忍びよる。瞬時に首を絞め、気絶させる。情報を持っている可能性があるため殺すわけにはいかないのだ。
すぐそばでバタバタと音がする。ソフィアが敵騎士の首を絞めていた。だが、力が弱いせいか、二人とも真赤な顔をし、我慢比べをしている。
やっとのことでソフィアは、敵騎士を気絶させ、
「足手まといには……ならないから」
無理はするな、という一言を《業火》は飲み込む。無能力で、小柄、虚弱体質であることは、ソフィア自身が一番分かっているはずだからだ。
「王妃様は、こんなことしなくて良いっス」
見習い騎士の一人が言う。そばかすのある青年で、あどけない表情をしている。元農民だが、戦闘技術を買われ、騎士団に入れられたひとりだ。
「俺の見せ場は取らないでくれよ」
《業火》は、わざと明るく言う。
「えーっ、ひっこんでろってことスか?」
見習い騎士が目を丸くし、《業火》は微笑む。ソフィアも少し表情をやわらげた。
彼のような者を残し、新しい時代を作る―それがソフィアの仕事であり、《業火》の願いだ。だからこそ、彼には生き延びてもらわねばならない。
ふたたび進む。すると施設のなかから、甲高い声がした。《業火》は、胸が悪くなるような嫌悪感をおぼえる。
―まさか、あれじゃないだろうな
《業火》の脳裏に、異能力の発現方法の、最新のトレンドが浮かぶ。
取り締まれば取り締まるほど、異能研究は巧妙化すると共に、粗雑になった。違法とはいえ、異能研究者の多くは、ある薬品をつかうのが基本だった。数か月前までは。
今回の組織には、そんな余裕はないのだろう。シンプルな方法で異能を発現させようとしているようだ。
シンプルな方法―生死をさまよう極限状態や、闘争本能の爆発が異能を発現させるという噂を元にした発現手段。つまり、洗脳した状態で、食事を抜き、殺し合いをさせる。もはやそれは「研究」とは呼べない。
《業火》が建物に入ると、そこは開けたスペースになっていた。そこには、数人の子供がおり、木剣を持って、争っている。まるで、古代の闘技場のようだった。ただし、醜悪な劣化品だが。
子供たちは、異様な殺気に包まれ、殴り合いを続けている。
―この救貧院で何人の子が殺されたのだろう。まるで、聖なる怪物の再来じゃないか
とは言え、子供たちのなかに脅威になりそうな者がいないのは不幸中の幸いだった。もし、異能を持つ子供がいれば、その子供自身も脅威になりえるからだ。
《業火》は、子供たちを一度無視し、二階へ上る。そこは、階下の闘技場を眺められるように、大きな穴があけられており、部屋というよりは通路といった趣だ。
そこには、長身痩躯の男が一人。老人だが、その腰は曲がっていない。長髪は、真っ白に染まっている。
男は、穏やかな表情で、子供たちを見下ろしている。彼が首謀者であると、《業火》は一瞬で悟る。
《業火》は、その老人から受けた言葉を思い出し、息を飲む。
(剣とは、祈りと同じなのだ……すぐにうまくなろうとは思ってはいけない。ただ、量や形だけにこだわってもいけない)
(退屈な繰り返しをいかに丁寧に、真摯に行うか、それが重要なのだ。それが技量にも影響してくる)
かつてアイメルト騎士団の師範として、数々の騎士を育て上げてきた男。異能力がないにもかかわらず、《氷華》を始めとした異能騎士に畏れられた剣客。
男の視力は、晩年にほとんど失われた。それにより、騎士団からは、除名を受けている。
異能至上主義による被害者―では、男は終わらなかった。男は、努力と祈りによって、盲目のハンデを打ち消し、今も技術を磨き、多くの弟子を持っている。まさに「奇蹟」の人。逆に言えば、異能推進派の眼の上のタンコブでもあった。
―それが、なぜ
わずかな息づかいに、老人が反応する―師匠は、《業火》を見て、ほほ笑む。
「こんなところで会うとは……ひさしいな、《業火》」
首謀者―青髭は、《業火》の方を見て、剣を抜く。その眼は白く濁り、やはり見えてはいないようだ。
「わたしを殺しに来たのか……」
《業火》は、あえぐように、
「なぜあなたが……こんなことを……」
「なりたかった……」
そう言うと、青髭は視線を下げる。そして、赦しを乞うように視線を上げる。
一瞬だけ、師弟の視線が交錯する。だが、そこからすぐに殺し合いが始まる。
読んで頂きありがとうございます。感想、評価、レビュー、ブックマーク、お待ちしております。




