7-9
<天恩>は、ひょい、とガクのそばに来る。まるで、一緒に雑談でもしよう、と声をかけてくるような気安さ。
「ガク・アイメルト。ソフィアからは聴いているよ。素晴らしい才能があると」
ガクは、呆然と<天恩>を見つめていた。ある種、恍惚に近かった。
『その昔、アイメルトには、本物の天使が居たんだろ?』
昔、北部同盟の騎士に言われた言葉が思い浮かぶ。
―その通りだ。まるで、聖典の最上位天使
<天恩>は、ガクの肩を優しく叩き、
「アイメルトの残党に参加してくれないか? そうすれば、強力な異能力を授けることもできる」
君は、何者かになれるよ。<天から恩寵を受けた者>が耳元でささやく。
―ちからがほしいか?
ガクの脳裏に、あの声がよみがえる。
誰かを救いたい、誰かのためになりたい、そうすることでここにいても良いと心の底から実感したい。
―だから、ちからがほしい。でも、ダメだ
ガクは、我に返る。ここで生きていくと決めたんだ。異能だけが、自分の価値だと、みんなに教えてもらったから。
「それは……出来ません」
「そう……か」
<天恩>が、翼を動かす。暴風が発生し、ガクは、<加速>を発動。風を避けるが、遠くまで飛ばされてしまう。一瞬で、二人の距離が開く。
<天恩>が手を前に構える。その背後から、円状の金属―円月輪―が現れる。それは、中心に大きな穴が開き、見ようによっては、天使の輪のように見えた。
<天恩>が、円月輪を投げる。
オリヴィアは、<断首騎行>を発動。3人の騎士が現れる。彼らが、盾を構える。
円月輪は、急に軌道を変え、天井高く飛翔。そして、急旋回し、一人の騎士の元へ。
円月輪が、騎士の腹を撫でる―急旋回し、戻ってくる。騎士が倒れるより早く、二人目に円月輪が飛び込んでくる。
「ガク君! 逃げるぞ!」
オリヴィアが叫ぶ。ガクも逃げようとするが、部屋の扉が開かない。
ガクは、飛び込んでくる円月輪に、矢を放つ。偶然、矢がかすり、円月輪は、壁に突き刺さる。
「やるじゃないか」
そう言いつつ、<天恩>の頭上で、二つ目の円月輪が回転し、光を放っている。
ガクは喉を振り絞り、
「あなたが……この世界を作り出したのですか?」
「まさか……僕じゃない」
<天恩>は、ほほ笑みながら拒否する。
―絶対に勝てない。逃げなきゃ
思考を断ち切り、ガクは、弓を構え、3発の矢を連射。
矢は、<天恩>の眉間に吸い込まれていく―白い翼がはためき、微風が生まれる。矢は、意志を持ったかのように軌道を変え、壁に突き刺さった。
余波がガクを襲う。空気の塊が身体を圧迫し、身体が浮かび上がりそうになる。ごうごう、と耳元で風が叫ぶ。眼が開けられず、思わず顔を下げる。暴風雨にでも突っ込んだようだった。
凄まじい力だ。しかし、それを生み出した本人は、まるで微風の中にいるかのように、純白の羽根をはばたかせ、微笑んでいる。
「ガク君、行くんだ!」
オリヴィアは腹を押えながら、剣を構える。ガクは、迷う。
「行くんだ!」
ガクは、びくりとし、動けなくなってしまう。
翼が羽ばたき、<天恩>が大きく飛翔。一瞬だけ、風が止む。
<天恩>は、一瞬でオリヴィアの間合いへ。
オリヴィアは、血を吐きながらも、剣を振り下ろす。しかし、脚が動かない。強烈な風によって、その動きは完全に食い止められていた。
<天恩>の剣が、オリヴィアに迫る。
オリヴィアが強引に身体をひねるも、腹がえぐり取られる。
苦悶の声をあげるオリヴィアを見て、<天恩>は微笑み、
「避けなければ、楽になれたのに」
<天恩>に向け、ガクは矢を連射。その隙にオリヴィアが後方へ。矢は風によって、全てが風で弾かれ、その内の数本が<天恩>の風によって、自分へと戻ってくる。
―これが、超越者の力!
<天恩>は、矢に付いている羽根に風を当て、矢の回転に影響を与えることで、その進行方向を大きく変えているのだ(もちろん、矢じりに磁力を当てているのもあるが)。まるで矢が意志を持っているかのような、その技は、まさに神の御業だ。
同時に<天恩>が円月輪を放つ。それがガクに飛んでくる。
円月輪は、身体をそらすことギリギリ避けられる軌道だ―しかし、身体が耐えきれず、倒れこむ。とっさに剣で叩き斬ろうとするが、直前で軌道が変わる。
円月輪が脇腹をかすめ、鎧がざっくりと切り裂かれる。痛みに悶える暇もなく、肩と腕に矢が突き刺さる。
焼けるような激痛に、呼吸が止まり、視界が暗くなる。ガクは地面に膝をつき、倒れこむ。呻き声を上げることすらできない。
―これが<天恩>の実力
ガクは、我に返り、腹部に触れる。温かく湿っていた。痛みを押し殺すように歯噛み―奥歯が軋む。
<天恩>は無表情で円月輪を弄んでいる。もう遊びは飽きた、とでもいう様に。戦い始めてから数分も経っていなかった。
―ちからがほしいか?
また、あの声が聴こえる。あれは、<天恩>のものではなかったのだ。
―欲しい、力が
ガクの右手に、熱が集まる。
それは<業火>の物。
「ガク君……それは」
ちからがほしい―
ガクは、右手をかざす。そこに宿るのは、何百人を焼き払った業火。
「ダメだ! 一度、力に飲み込まれれば、元には戻れない!」
オリヴィアの声に、ガクはハッとする。
ガクは、矢を構える。
「こんな力は、必要ない」
<天恩>は、眉をつり上げ、ほほ笑む。
読んで頂きありがとうございます。感想、評価、レビュー、ブックマーク、お待ちしております。




