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65話

 《迅刀》は、チユキへと接近。凄まじい速度で刀を振り下ろす/瞬時に斬り上げる―Ⅴ字の閃光。


 シュン、と冷たい金属音がる―それは、空気が切り裂かれ、鳴く音。


 チユキは紙一重で避け、建物のある方へ逃げる。そこは教会の中だった。


「ここに救いはない」


 《迅刀》はため息をつく。


 チユキは、振り返る。ステンドグラスから日光が差す。完全に朝になり始めていた。


 《迅刀》が一歩踏み出す。チユキも抜刀。《迅刀》は、磁力で斬撃を防御。


 チユキの斬撃は防御できた。だが、斬撃の衝撃が《迅刀》の腕を振るわせる。遅れて、斬られた空気が鳴く。


 ―こいつ、血迷ったか


 《迅刀》は、唇を吊り上げる。それほどまで早い斬撃だった。


 だが、高速で高威力な斬撃、そんなものは何度も放てない。筋肉が急速に疲労し、動けなくなる。


 それに高速の居合を使えば、散布している結晶により、全身がズタズタに切り裂かれるはずだ。


 磁力の防御により、チユキは腕ごと跳ね飛ばされる。その息はあがっている。


 《迅刀》は、チユキにゆっくりと近づく。その顔は、歪んでいる。手負ておいの獲物を、なぶごろす喜びで。


 チユキの身体の一部、手首や首、太もも、そして、顔に氷の膜ができる。同時に、チユキが何かをつぶやく。


 灼花羅刹シャッカラセツ


 ―祈りの言葉か? もう遅い


 チユキの重心がわずかに下がる。かかとを地面につけ、るような体勢。


 ―逃げるのを辞めたのか?


 チユキの手が刀に。同時に、光がひらめく。


 閃光せんこうが見える―《迅刀》は咄嗟に磁力で防御。だが、《迅刀》の手首には冷たい感触。針で刺されたかのような痛み。


 磁力の壁を通り抜けた? 


 チユキを見ると、刀は抜かれていない。


 《迅刀》は一瞬だけ、自分の手首を見る。傷はない。例の《氷刃散華》か? だとしても、本当の斬撃は磁力で防げばいい。


 それにこの明るさでは、何度目かで見切れるだろう。脅威ではない。


 《迅刀》が視線を戻した瞬間、何かが真赤に燃えていた。否、それはチユキだった。


挿絵(By みてみん)


 全身から、ほのおが燃え盛っている―違う、水蒸気が出ているだけだ。


 《迅刀》は、わずかにあせる。蒸気が、白く、そして鋭く輝き、チユキをおおっているのだ。その姿は、ぼんやりとしか見えない。


 あかい影が揺らめく。冷たい風切り音が耳に届く。《迅刀》は剣を盾に。磁力が刀を弾き、紅い影は後退。


 《迅刀》は、とっさに攻撃に転じようとする。だが、もやのなか、何かがひらめく。


 ―速すぎる


 まともなフォームで打っているとは思えない速さだ。正気を失ったのか?


 《迅刀》は下ろそうとした曲刀を途中でとめ、防御。だが、斬撃は来ない。攻撃に転じるべく、磁力を解除する。


 どういうことだ? なぜ、ざんげきがこな/


 思考が断たれ、鋭い風切り音だけが《迅刀》の耳に届く。痛みに気づいた時には、手首から血が流れ出て、服を黒く染めていた。チユキを斬っていたはずの腕はだらりと垂れ下がっている。


 ほんの数秒、磁力を解いた余りにも小さな間。すきとすら呼べないほどの僅かな瞬間、その間に斬られたのだ。


 すさまじい速度の連撃れんげき。《迅刀》の思考が追いつかない。


 《迅刀》は、奥歯を噛みめ、曲刀を持ち上げる。刀身に磁力をまとわせる。とっさに返しの刃を防ぐ。刃を弾いた、ぐっとした感触が手首を震わせる。


 斬撃を弾いた数秒後には、もう閃光が見える。


 ―再び斬撃を放つのが速すぎる。氷刃散華デコイか? だとしても、その生成が速すぎる


 《迅刀》の脳裏で思考が止めどなく流れていく。


 ―ここまで《氷刃散華》と本当の斬撃の見分けがつかないのは、なぜだ? この明るさなら、靄をまとっていても、視認できるはずだ。


 ―あの水蒸気か? だが、デコイを挟んでいるにしろ、再度斬撃を放つまでが速すぎる


 ―あんな速度で斬撃を放てば、全身が過熱するだけでなく、空中の結晶で千切れてい/


 強風がぶつかったような感触―肩から、ぬるい血が流れ、力が抜ける。致命傷ではないと瞬時に理解―だが、もう戦うのは無理だ。


 《迅刀》は最後の磁力を使い、教会の端まで逃げる。


 なぜ、ガクのように結晶で身体が切れない? 《迅刀》は倒れ、身体を引きずりながら考える。


「あ……ああ」


 泥と血にまみれ、《迅刀》は必死に逃げる。


 ボロボロの身体で振り返ると、そこには、全身から蒸気を発するチユキ。まるで、炎を纏う鬼神。


 そうか―《迅刀》は理解する。


 氷の生成能力を、筋肉の冷却アイシングに利用し、連撃れんげきり出しているのか。


 タネはこうだ―


 筋肉が加熱するような高速こうそく高威力こういりょく斬撃ざんげきと、冷却れいきゃくを組み合わせ、氷を瞬時に蒸発させる。


 その水蒸気の一部を凍らせ、氷霧(水蒸気と氷の粒が、日光を乱反射し、視界が悪くなる自然現象)を引き起こし、視界を悪化させる。それにより、通常時よりも小さな氷でも《氷刃散華》のような技が使えているのだ。


 斬れば斬るほど、その刃の数は増えていく。氷刃デコイと斬撃が永遠に繰り返される。


 だが、俺には、あの結晶があるはず……


「あ……」


 ある思考が浮かび、《迅刀》は狂ったように白い歯を剥く。


 水滴が凍っている……つまり、空中に結晶を散らし、急加速を封じる手は使えないのだ。温度が低すぎて、水滴が蒸発せず、雪のようになっているせいで効果はほとんどない。ガクのように、ズタズタに切り裂かれることはない。


 すべてを完封されたのだ―


「降伏……する」


 《迅刀》は剣を捨て、腕を開く。


 チユキは無視。刀を構え、静かに近づく。その姿は、地獄から現れた羅刹らせつ


 鬼神が怒声を放つ。その息が炎となったかのように見える。真っ赤に燃えるような肌色のなかで、白い眼が殺気を帯びる。

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