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森のなか《迅刀》は、よろよろと歩いていた。その手首と胸からは血が流れている。
―ここまできて、裏切られるとは
《迅刀》は、歯を剥くように、笑う。その歯は血で濡れている。もちろん、《迅刀》の地ではない。
元仲間の顔が思い浮かぶ。彼は、襲撃後に《迅刀》を毒殺しようとしていた。体内でゆっくりと溶け、数時間後に死に至らしめる薬を食事に混ぜていたのだ。
《迅刀》は、歯噛みし、かすかにうめく。これから、異能者のふりをして、虐殺を行おうとしていたというのに。最悪の気分だ。
元仲間の男とは、憎悪を共有した仲間だと思っていた。だからこそ、ショックではあった。男は、かつて異能者に村を襲われたとかで《異能殺し》に参加したのだ。妻を殺され、初潮も来ていない娘を凌辱され、憎しみに染まり切ってここに来た。
男は、娘の話を何度もした。何が起きたか分からないまま、ぼうぜんと目を開いていたのだと。その眼に、蠅がたかっても、もうまばたきしなかった、と。
男は、《迅刀》を偶像にするべく、殺そうとしたらしい
《迅刀》の死を誰も知らなければ、ソーニャを暗殺しようとした主犯は、永遠に見つからない。《迅刀》という個人ではなく「どこかにいる、無能力者の誰か」がソーニャを殺そうとした、と異能者に思い知らせることで、分断を加速させようというのだ。
―死をもって、純粋な悪意へと昇華する、か
《迅刀》は、仲間を全員斬り、自身の傷を負っていた。傷口を洗うべく、森を抜けた場所にある隠れ家を目指していた。
ふと、森が開け、村が見えた。
《迅刀》は、死体から奪い取った地図を開く。ここを異能のふりをして襲撃するのだ。憎悪と悪意だけが、《迅刀》を立たせていた。
森の奥が震える。《迅刀》の背筋に冷たい物が走る。狼だろうか、純粋な殺意が近づいてくるのを感じる。
《迅刀》は、刀を構え、殺意の元を待つ。
ふと、木の影から声がする。それは、中央区にいるスパイとの合言葉。
その言葉は、事情があって、自分が動くことができない場合のもの。代わりのものを寄こした時に、代わりの者に覚えさせる言葉だった。
《迅刀》は、それに合わせ、合言葉を言う。
スパイの代行者は、ゆっくりと影から現れた。紅い服を着た少女。瞬時に、代行者でないと分かる。スパイは、なぶり殺されたかして、口を割らされたのだろう。
チユキとかいう、アイメルトの落とし子だった。
少女は、鎧を身に着けていたが、二の腕と太ももは露で、首元と胸部も大胆に開けられていた。
―露出の多さは視線誘導か? 剣が掠っただけで致命傷だぞ
―確か、能力は氷を生成する《氷華》。だが、その効果範囲は、非常に狭いと調査済だ。小さな氷塊を生成するのが限度だと
切り札と言われている《氷刃散華》も闇の中でしか真価を発揮できない。夜明けが近い、周囲がほのかに明るくなっていく今、奴に勝ち目はない。
それに、《氷刃散華》を使用している時は、ほぼ氷の生成は行えないと聞いた。それさえ防げれば、ただの剣士に過ぎない。
チユキは《迅刀》の顔を見つめている。おそらく、仇だと認識したのだろう。鞘に手がかけられる。
その顔は、影で見えない。だが、その眼は、昏く、あまりにも鋭い。
―どす黒い炎が見える。お前は、俺と同じだ
《迅刀》は、クク、と喉を鳴らし、笑う。
刀が振られた刹那、どちらかが肉塊になっているかもしれない。
苦しいほどに心臓が鳴る。緊張感で空気が張り詰め、帯電しているかのようだ。
《迅刀》が曲刀を構え、刃先をチユキへ向ける。
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