63話
森のなか《迅刀》は、よろよろと歩いていた。その手首と胸からは血が流れている。
―ここまで逃げてきて、仲間割れとは
《迅刀》は、歯を剥くように、笑う。その歯は血で濡れている。もちろん、《迅刀》の地ではない。
元仲間の顔が思い浮かぶ。《迅刀》の次の計画を知り、そいつは絶叫し、言った。
―無能力者を殺すだと、同胞だぞ! 化け物が!
その男は、かつて異能者に村を襲われたとかで《異能殺し》に参加したのだ。友人を殺され、初潮も来ていない娘を凌辱され、憎しみに染まり切ってここに来た。
男は、娘の話を何度もした。何が起きたか分からないまま、ぼうぜんと目を開いていたのだと。その眼に、蠅がたかっても、もうまばたきしなかった、と。
だからこそ、驚くのは予想していたが、斬りかかってくるとは思わなかった。
傷口を洗うべく、森を抜けた場所にある隠れ家を目指していた。
ふと、森が開け、村が見えた。
《迅刀》は唾を吐いた。臭い肉、まずい血だった。
森の奥が震える。《迅刀》の背筋に冷たい物が走る。
狼だろうか、純粋な殺意が近づいてくるのを感じる。
《迅刀》は、刀を構え、殺意の元を待つ。
ふと、木の影から声がする。それは、中央区にいるスパイとの合言葉。
その言葉は、事情があって、自分が動くことができない場合のもの。代わりのものを寄こした時に、代わりの者に覚えさせる言葉だった。
《迅刀》は、それに合わせ、合言葉を言う。
スパイの代行者は、ゆっくりと影から現れた。紅い服を着た少女。瞬時に、代行者でないと分かる。スパイは、なぶり殺されたかして、口を割らされたのだろう。
チユキとかいう、アイメルトの落とし子だった。
確か、能力は氷を生成する《氷華》。だが、その効果範囲は、非常に狭いと調査済だ。小さな氷塊を生成するのが限度だ。
切り札と言われている《氷刃散華》も闇の中でしか真価を発揮できない。夜明けが近い、周囲がほのかに明るくなっていく今、奴に勝ち目はない。
それに、《氷刃散華》を使用している時は、ほぼ氷の生成は行えないと聞いた。それさえ防げれば、ただの剣士に過ぎない。
チユキは《迅刀》の顔を見つめている。おそらく、仇だと認識したのだろう。鞘に手がかけられる。
その顔は、影で見えない。だが、その眼は、昏く、あまりにも鋭い。
―どす黒い炎が見える。お前は、俺と同じだ
《迅刀》は、クク、と喉を鳴らし、笑う。
刀が振られた刹那、どちらかが肉塊になっているかもしれない。
苦しいほどに心臓が鳴る。緊張感で空気が張り詰め、帯電しているかのようだ。
《迅刀》が曲刀を構え、刃先をチユキへ向ける。
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