56話
ガクは、チユキの牢に来ていた。
チユキは、狭いスペースで、ステップの練習を繰り返していた。単純だが、重要なトレーニングだ。接近戦で、その真価が発揮される。
「脱走して、《迅刀》を殺すつもりだね」
「そうかもね」
「《迅刀》を殺しちゃだめだ。奴らは生きて捕らえる必要がある」
ガクは、できるだけ冷静に言葉をつむぐ。
「奴らは、報復を待っているんだ。自分たちが殺されることで、さらに異能者と無能力者の分断を煽ろうとしている」
それに、とガクは区切り、
「異能特区を作るにあたって、情報収集を行わないといけない。なぜ、奴らがここまで過激化したかを知らないと、異能特区は、現実にはならない」
チユキは鼻で笑い、
「あたしたちを滅多切りにしておいて、牢の中とは言え、生かすっての?」
ガクはうめく。
なんで言えない―行かないでくれと。僕の元から離れないでくれと。
ガクは頭のなかを整理する。
・現状、騎士団や教会関係者以外は、異能の使用を禁じられている。
・騎士団関係者だとしても、任務以外で異能を使うのは、禁じられている。
「僕らは、しょせん従騎士(見習い騎士のようなもの)だ。もし、脱走でもすれば、北部同盟から追放されるかもしれない」
ガクは、脅しを込めて言う。
「追放された瞬間、ぼくらの行動を保証するものはなくなる」
ガクが声をかけるも、チユキは、ステップの練習を続けている。
「どうして……僕の前からいなくなろうとするんだよ」
ふと本音が零れていた。涙が溢れ、止まらない。
チユキが、ガクを心配そうに見つめる。
「チユキが……僕がここに居れるように命を懸けてくれた……嬉しかった。ソーニャの時の色々助言をしてくれた。僕にとって……」
ガクは鼻水をすすり、
「家族だと思ってたのに……」
チユキは冷静に、警備の騎士に声をかけ、
「ガクを部屋に戻してください」
ガクが、鉄格子をつかむと、チユキは微笑み、
「傷のせいで感情的になっているんだよ。ゆっくり休んで」
「どうして、復讐なんてするんだよ。クソ野郎の為に、もう一度、人生を棒に振るなんて……馬鹿げてる!」
「そうかもね……」
チユキは目を伏せ、ほほえむ。
「それでも、ガクとソーニャを傷つけたのが許せないんだ」
ガクは騎士に連れられ、牢を出た。
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