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チユキは、再び、シミュレーションを始める。負けると分かりながら、何度も。
チユキは、自分の中に湧き上がる闘志に驚く。
昔なら、こんな異能なら死んだ方が良い、そう考えたはずだ。だが、今は自分の異能を、どう使いこなそうか考えている。
この気持ちは、どこから生まれたのか?
ソーニャと、ガクの表情が蘇る。2人の勇気は、誰が何と言おうと、「すごい」だった。
「すごい」じゃないと、生きてはいけない―チユキは、そう強く思っていた。何も持たない少女にとって、「すごい」は、「異能」だった。そして、自分がそうでないと、すぐに分かった。
酷い空腹にも似た劣等感と、凄まじい絶望感。いつも、心に穴がいたような喪失感を感じながら、生きてきた。
だが、2人と出会い、少しづつ考えが変わり始めた。気持ちが楽になり始めた。このまま生きていてもいい、と思い始めた。
―なぜ、そう思う?
チユキは、自問自答する。
「異能が、すべてじゃない……」
チユキは、つぶやく。そして、理解する。私が「すごい」と思ったのは、異能じゃない。
その脳裏に、かつてのソーニャの姿が思い浮かぶ。その手の暖かさがよみがえる。
ソーニャは、外付けの異能と馬鹿にされながらも、自分にないものと向き合い、それを認めた上で、自分に何ができるかを模索し、継続して努力していた。そして、再び、強大な敵に立ち向かって見せた。
異能であることが「すごい」のではない。辛い状況、向き合いたくない、受け入れがたい現実が目の前にある状況、楽な道に逃げてしまいそうな状況、それらに立ち向かう姿勢、精神こそが、ママの言う「すごい」の本質なのではないか。
心の強さ、それこそが「すごい」なのだとしたら。
生きてさえいれば人は「すごい」を発揮できるのだ。どんな状況でも、幸せをはぐくみ、何かに価値を見出すことができるのだ。
「すごい」は異能じゃない。生まれ持った何かじゃない。だとしたら、ならば、わたしも「すごい」に至れるのか? 生きていていいのか?
ガクとソーニャが、うなずいてくれるという確信。
同時に、腹の底から憎悪が湧いてくる。殺意は純度を増していく。
ガクやソーニャを奪おうとした《迅刀》は殺さなければならない― 生きてさえいれば、どんな状況に陥ったとしても、奴が幸せを獲得する可能性が無限にある。だからこそ、全てを奪う必要がある。
―必ず殺してやる
チユキの瞳に、黒い炎が灯る。
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