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54話

 チユキは再び、シミュレーションを始める。負けると分かりながら、何度も。


 チユキは、自分の中にき上がる闘志におどろく。


 昔なら、こんな異能なら死んだ方が良い、そう考えたはずだ。だが、今は自分の異能を、どう使いこなそうか考えている。


 この気持ちは、どこから生まれたのか?


『世界は増やせる。そうでしょ』


(大丈夫。私が守る)


 ソーニャと、ガクの表情が蘇る。2人の勇気は、誰が何と言おうと、「すごい」だった。


 異能こそ、すべて。それ以外は、クズだ。そう教えられて生きてきた。だが、残党を狩るなかで、その思いはらいでいた。


「異能が、すべてじゃない……」


 チユキは、つぶやく。そして、理解する。本当に、私が「すごい」と思ったのは、異能じゃない。


 チユキの脳裏に、かつてのソーニャの姿が思い浮かぶ。


 ソーニャは、外付けの異能と馬鹿にされながらも、自分にないものと向き合い、それを認めた上で、自分に何ができるかを模索し、努力していた。そして、再び、強大な敵に立ち向かって見せた。


 異能であることが「すごい」のではない。辛い状況、向き合いたくない、受け入れがたい現実が目の前にある状況、楽な道に逃げてしまいそうな状況、それらに立ち向かう姿勢、精神こそが、ママの言う「すごい」の本質なのではないか。


 心の強さ、それこそが「すごい」なのだとしたら。


 生きてさえいれば人は「すごい」を発揮できるのだ。どんな状況でも、幸せをはぐくみ、何かに価値を見出すことができるのだ。


 「すごい」は異能じゃない。生まれ持った何かじゃない。だとしたら、ならば、わたしも「すごい」に至れるのか? 生きていていいのか?


 ガクとソーニャが、うなずいてくれるという確信。


 同時に、腹の底から憎悪ぞうおいてくる。殺意は純度じゅんどを増していく。


 ガクやソーニャを奪おうとした《迅刀》は殺さなければならない― 生きてさえいれば、どんな状況におちいったとしても、奴が幸せを獲得かくとくする可能性が無限にある。だからこそ、全てを奪う必要がある。


 ―必ず殺してやる


 チユキのひとみに、黒いほのおともる。

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