51話
○○ちゃんは、とんだり、はねたりできて、えらい! ほんとうにがんばったものね! すごいわ!
母親の声に、チユキは息を飲む。その声は、輪郭を失っていく。
「ママ!」
チユキは、必死に声を引きとめる。のどを振り絞り、その名を呼ぶ。
しかし、母親の声は遠くなっていく。
息がつまるほどの鉄の臭い。急激な現実感。
「夢……」
チユキが周囲を見ると、青白い顔をした仲間が横たわっている。騎士たちの声がし、どたどたと声がする。そこでチユキの意識は消えた。
次にチユキが起きた時は、誰かが包帯を交換していた。身体は、鉛のように重い。そして、傷が脈打ち、ずきずきと痛む。
チユキは、喉の奥から、絞り出すように声を出す。
「いき……てる」
包帯を交換していた女性は、おどろき、ハッと息を飲む。だが、落ち着き、
「ああ、あんたは、生きてる。死神に感謝することだね」
女性は、大声でエッカルトを呼ぶ。
エッカルトが飛んでくる。
チユキは、ぼんやりした頭で、
「ソーニャ……ガクは?」
「2人とも治療を受けてる」
「あれから……何日たったの?」
「5日だ。ガクもソーニャも危険な状態だとさ」
エッカルトは冷静を装い、言う。
「そう……」
チユキは、心ここにあらず、と言う風につぶやく。だが、その心は決まっていた。
数日後、チユキは動けるようになった。驚異的な回復力だった。片耳は欠け、肩から腹まで一本の傷が入っていた。
杖をつき、騎士団の事務所へ向かう。エッカルトから事件の概要を説明してもらうのだ。
暗殺者は、相当な手練れだった。城壁を越えるべく、空から侵入したのだという。鉄妖を使った滑空は、理論的には実行できるが、自殺と同レベルの危険な行為だという。
フェルグスやガクの《加速》を封じる手段と、磁力で剣を弾く術―敵は、私たちのことを調べ尽くしてきた。
暗殺者の体には爆弾がしかけられていた。死んでなお、ソーニャを必ず殺すという強い意志。
現在、ソーニャは、一般の邸宅にいるという。第一、第二拠点は危険物のチェックが終わらないのだという。
「襲撃者の居場所は、つかんでいるの?」
「内通者がいるらしく、捜査は進んでいない。霧をつかんでいるような状態だ」
説明を聞き終え、チユキは唇を噛む。
私だけ助かった。涙がこぼれそうになり、こらえる。
エッカルトは、
「とりあえず今は治療に専念しろ」
そう言い、チユキに自室に帰るようにうながす。
「これから警備の仕事がある。早く回復してくれよ」
エッカルトはそう言い、事務所から出ていく。
チユキは、杖をつき、事務所から出る。そして、稽古場へ歩き出す。
事務所前、小さな広場には数人の騎士がいた。そのなかに、警備と話すエッカルトの姿。
「お……おい、そっちは、稽古場だろ!」
エッカルトが、チユキの肩をつかみ、部屋に戻そうとする。
「身体が……鈍っちゃう……」
「怪我が治れば、すぐに稽古が始められる。それまで待て」
「待てない。傷が治ったら、あいつらを殺しに行く」
「何を馬鹿な……!」
エッカルトが大声で警備を呼ぶ。
チユキは、騎士に引きずられ、牢に入れられた。
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