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11-13

【1】


 暗殺者は、何か術を受けたのかと思った。世界が真っ黒に塗りつぶされ、何も見えなくなり、何も聞こえなくなった。


 ぶんぶんと剣を振り回し、理解する。視界が完全に消え、聴覚もかき消されているせいで、このようになっているのだ。


 あの小娘には、世界が「聴こえている」のだ。もしかしたら、音波による反響(アクティブソナー)を使って、周囲の状況を把握しているのかもしれない。だから、この暗さでも動き回れる。


 暗殺者は、ほんの僅(わず)かに防音装備を外す。ふと、妙な音が耳に届く。


 ―思い浮かべたのは、夏の夜


 外で、ぺとぺと、しとしと、と雨が降(ふ)り続いている。そんななか、生温(なまあたたか)い風が顔にあたるような音がしたからだ。


 子どもの頃、ベッドの下や、ドアの隙間(すきま)からのぞいて来る視線(しせん)を感じたことがある―そんなことを思い出させるような、生温(なまあたたか)い風の音。


 なぜか、心臓がドキドキと鳴(な)る。生理的な恐怖(きょうふ)を感じたからだろうか。


 ザッ、ザッ―、と何かに残響(ざんきょう)しているのだろうか、音はあちこちにぶつかり、ノイズが混じる。


 ドキドキドキ、と心臓が鳴り、胸部を押し上げる。べっとりとした汗が衣服を濡(ぬ)らす。


 ザッ――ザザ―、まるで砂嵐(すなあらし)のような、不愉快(ふゆかい)な音。それでいて、真っ暗な洞窟(どうくつ)に迷い込んだような巨大な残響(ざんきょう)。


 全身から冷たい汗が吹(ふ)き出し、ふと暗殺者は、ソーニャを見る。そこには、ソーニャはいない。あるのは闇だけ。


 闇が、ぬるぬる、と蠢(うごめ)いている。眼の錯覚だろうか。


 真っ黒な影(かげ)から、ぬるり、と何かが顕(あらわ)れる。巨大(きょだい)な山羊(やぎ)の脚(あし)。それが二本、ずずず、と影から顕(あらわ)れ、地面に降(お)り立つ。どす黒い毛皮が、闇(やみ)のなかで震(ふる)える。


「うぁ……」


 暗殺者は、思わず声をあげてしまう。はじめて溺(おぼ)れた時のような閉塞感(へいそくかん)と、無力感。


 闇の中、山羊(やぎ)特有の感情の読めない目が、ぎょろりと動いた気がした。


「あ……あああ!」


 暗殺が絶叫した瞬間、その身体を何かが貫く。頭蓋(ずがい)が揺(ゆ)れ、世界が震える。

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