48話
ソーニャは、装具を構え、ぜいぜいと喘いでいた。
音波による狙撃。音波による戦意の喪失。音波による激昂。そして、音波による原始的恐怖の発現。
ソーニャは、全身を包む悪寒に震える。そして、勢いよく、胃の中のものをぶちまけた。
音波による影響は、ソーニャ自身にも当然ある。その中でも、恐怖を増大させ、幻覚まで見せるこの技は、諸刃の剣だ。
強い恐怖を生み出す要因(例えば、闇)が近くにある状況で、恐怖を作り出せる肉体的要因(疲労、恐怖)が揃ったとき、それを増大させる音波を発生させれば、効果は絶大になる。
「やった……」
ソーニャは大きく息を吐く。
「あれ……やられてんじゃん」
少し離れた場所から男の声がする。ソーニャの全身に鳥肌が立つ。
歳は20代後半だろうか。黒い髪を後ろでまとめ、顔半分は黒いマスクで覆われている。
まさか、《迅刀》―ソーニャは、嫌悪感を想起した。
仲間が血まみれで倒れている―それを見て、男は、ふっ、と鼻で笑う。さげすむような、視線。
軽薄な態度に、ソーニャは《迅刀》だと確信する。数年前、研究所で殺意を向けてきた男。
《迅刀》は、倒れている仲間の頭を蹴る。
仲間は、打ち上げられた魚のように痙攣する。その四肢からは血が流れていた。
「ダメだな……こりゃ」
《迅刀》は、黒い仮面を外し、まず現れたのは白い歯。
《迅刀》の顔は、真っ黒に塗りつぶされ、眼と歯だけがてらてらと輝いている。顔に傷があるのだろうか、塗料によって個人の識別は出来ない。
まだ息がある仲間の暗殺者に向け、《迅刀》は異様な速度で刀を振る。その顔を抉り、返しの刃で、首をはねる。
ソーニャが呆然する中、《迅刀》の心拍は乱れていない。
《迅刀》は、ソーニャの方に無造作に歩き出す。まるで、虫を潰し、次の虫を潰しに行くような、けだるさ。
ソーニャは、とっさに手に持っていた短剣を振りかざす。《迅刀》が曲刀を盾にする。
短剣を何かで思い切り殴られたような衝撃―気が付くと、短剣ごと、ソーニャの身体は跳ね飛ばされていた。
「ぐぅ……」
短剣を起点とし、腕がねじれ、脱臼していた。ソーニャは、うめき、倒れこむ。
―なんだあれは……まるで、見えない腕に防がれたような
《迅刀》は、口を大きく開け、白い歯を晒した。真っ黒な顔のなか、焦点の合わない目が、ぎょろぎょろと動いている。
―わらっているの……まさか
《迅刀》は、口の端を吊り、笑顔を作っていた。歪んだ唇は痙攣していた。まるで、黒いクレヨンで子供が書いたような、いびつな表情。
ーなにもかもが、溶けている。これがヒトか?
《迅刀》は、ソーニャに刀を突きさそうとする。手で防ごうとするが、一部が鎖骨辺りに剣が食い込む。息ができず、呻く。
《迅刀》はそのまま、喉笛を切り裂こうと、刀を持ち上げる。
「あ……ぐぅ……が」
手でとめようとするが、指がざっくりと切れる。
(痛い……)
涙が出てきた瞬間だった―轟音と共に窓から何かが飛び込んでくる。《迅刀》が吹っ飛ばされ、剣が抜ける。
音の方向を見ると、植物の蔦と、それにぶら下がったガク。二階から、蔓で降下し、ここに飛び込んできたのだ。
《迅刀》は起き上がり、ガクの首に指を当て、締める。
「やめて!」
ソーニャが叫ぶが、《迅刀》は手を緩めない。ガクが気を失う。
「さて……」
《迅刀》が振り返る。そして、ソーニャに近づく。
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