46話
【1】
暗殺者は、何か術を受けたのかと思った。世界が真っ黒に塗りつぶされ、何も見えなくなり、何も聞こえなくなった。
ぶんぶんと剣を振り回し、理解する。視界が完全に消え、聴覚もかき消されているせいで、このようになっているのだ。
あの小娘には、世界が「聴こえている」のだ。もしかしたら、音波による反響を使って、周囲の状況を把握しているのかもしれない。だから、この暗さでも動き回れる。
暗殺者は、怒りたい気持ちを抑え、剣を振り、ゆっくりと後退する。
腕に熱い感触―肘に鈍い痛み。
「ぐっ……」
腕を触ると、チェーンメイルに穴が開き、そこから血が流れ出ていた。
恐怖から剣をさらに振り回してしまう。その内に、脇腹、脚、背、腕―切り裂かれ、突き刺され、血が流れていく。
音さえ聞き取れれば、ここまでやられっぱなしではないはずなのに―
壁に手を当てながら、ゆっくりと灯りまで後退する。やっと灯りまでたどり着く。暗殺者は、全身から流れる黒い血を見た。全身がズタズタに切り裂かれていた。
目の前には、ソーニャが居た。手には、血に濡れた、先の尖った細いナイフ。
殺す―
【2】
暗殺者は傷に構わずソーニャに突進。ソーニャは装具を盾にするが、装具ごと壁に激突。骨が軋み、肺から息が抜ける。
もうダメだ―ソーニャは諦めそうになる。だが、手先は考えるよりも先に動く。
《戦律・帰零》―戦意を喪失させる旋律。それを発動。先ほど付けた傷から、振動が伝わるかもしれない―わずかな希望。
暗殺者の動きは、見るからに遅くなる。しかし、すぐに元に戻る。ソーニャに向けて、何度も突進を繰りかえす。しかし、剣による攻撃は行わず、突進だけを繰り返してくる。
壁と盾に挟まれ、息が詰まる。ソーニャの意識がもうろうとしてくる。どん、どん、と言うリズムと共に視界が白く濁っていく。
わずかな意識でソーニャは考える。
暗殺者は、鉄妖の磁力で無理やり身体を動かしている。決められたパターンを繰り返しているだけだ。つまり、《戦律・帰零》で戦意を消しても、動きを止められない。
もう「あれ」を使うしかない。ソーニャは、もうろうとしながら考える。
だが、「あれ」から連想したのは、冷たい泥のなかで、何かが胎動している異様な振動。全身が凍るような寒気。
やるしかない―ソーニャは、意を決する。
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