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八重咲の勇者 ~最弱スキルで最強になれ~  作者: 賢河侑伊
第三部 漆黒の魔女 編
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32話

 次の日もガクは領主の家に居た。


 うす暗いのなか、ロウソクの火を明かりに、ソーニャは本を読んでいた。だが、妙によそよそしい。


 ぱら、ぱら、と言う音がしなくなり、ガクがソーニャを見る。蚊の鳴くような声で、ソーニャが何かを言う。


(何ですか?)


 ガクが近づく。すると、ソーニャは少し、びくりとし、


(怖くないの、私が)


 ガクは、質問の意味が分からず、


(何が……ですか?)


 ソーニャは顔を伏せ、


(音、良く聴こえるでしょ?)


(ええ、聴こえます)


(私には、もっと良く聴こえる。話し言葉一つから膨大な情報が読み取れる。声が、リズムが、息の長さが、筋肉の動きが情報を与えてくれる)


 ロウソクの火が、一瞬、大きく揺らぐ。


 ガクには分かった。ソーニャには、人の悪意が聴こえる。嘘が聴こえる。妬みや嫉みが聴こえる。


 そんなソーニャを哀れに思う気持ちさえ、おそらくソーニャには聴こえてしまう。ガクが、植物を通じ、生体反応を読み解くように。


 ガクは床を見つめ、


(正直、怖いです)


(そうだよね……)


 ソーニャはうつむき、


(装具、とって)


(触って良いんですか?)


 こくり、とソーニャがうなずく。


 ガクは、部屋のすみに置かれている箱を開ける。ソーニャの装具オルガンは、下部に滑車かっしゃがついた、巨大な大弓バリスタのような武器だ。


 装具の表面には傷が付いている。おそらく、先日の戦闘によるものだろう。深い傷で、機能が損なわれていないか、ガクは心配になる。


 ガクが、両手で抱えると、重さで全身の筋肉が軋む―これを女の子が持つのか?


 ガクがソーニャに渡そうとすると、


(待ってて)


 ソーニャは台座を出し、装具をそこに置くように指さす。ガクはそこに杖を置く―手放した直後、妙な違和感。


(置けました)


(ありがとう……)


 ソーニャは荒い呼吸を繰り返し、


(私は、こんな大きな武器を使うんだよ。怖いでしょ? 一緒にいるの嫌でしょ?)


(嫌じゃないです)


 ガクは、必死に頭を回転させる。


(知っていますか、北部同盟にも伝説があるんです。巨大な大剣ツヴァイヘンダーを女の子が持って、大怪獣ベヒーモスを討ったんですよ。それに比べれば、ソーニャ様が怖いなんて、そんな)


 ガクは、自分でも何を言っているか分からない。ただ、ソーニャを安心させたかった。


(そうじゃない……私が言いたいのは―)


 ソーニャは唇を噛み、


(私には、全部聴こえるんだよ? ガクの焦りも、動揺も、全部! 怖いでしょ!)


 ガクは、心を読まれるような寒気を感じた。だが―


(怖いけど……いや、怖いからこそ、あなたを理解したい)


(じゃあ……私が暴れたらどうするの……泣いたら、どうす……)


 ソーニャが装具をにぎりしめ、ガクを見る。その瞳は涙。声は湿っていた。


(ソーニャ様が暴れたら、私がどうするかですか?)


 ガクが聞くと、ソーニャはうなずく。はずみで、涙が零れてしまう。ソーニャは慌てて涙を拭く。それこそ、見られてはいけないように。


 ふと、ガクは息を飲む。頭を鈍器で殴られたかのようだった。無表情の意味を悟ってしまった。


 今まで異能者として、ソーニャを見てきた。だが、彼女の人生を垣間見てしまった気がした。人の心を読み、人を殺める力を持った彼女が怒れば、人は怯えただろう。泣いても人は怯えただろう。笑った時ですら、それを崩さないようにしただろう。


 彼女は希望をもって、北部同盟に来た。当たり前の自由を手に入れる為に。だが、現状はどうだ?


 ガクは歯噛みする。目の前の一人の女の子さえ、僕は慰められない。気が付くと、拳を握りしめていた。


(泣いたら、なだめます。でも、あなたが怖いからじゃありません)


 ソーニャの目に涙が浮かぶ。


(笑っていてほしいからです。それに、暴れたら止めます。暴れるのは駄目だよって、叱らないとですから。これから、一緒に生きていかないとですから)


 ソーニャは何も言わず、ベッドの上に寝転がった。


 ほんと? ポツリと言った。

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