32話
次の日もガクは領主の家に居た。
うす暗いのなか、ロウソクの火を明かりに、ソーニャは本を読んでいた。だが、妙によそよそしい。
ぱら、ぱら、と言う音がしなくなり、ガクがソーニャを見る。蚊の鳴くような声で、ソーニャが何かを言う。
(何ですか?)
ガクが近づく。すると、ソーニャは少し、びくりとし、
(怖くないの、私が)
ガクは、質問の意味が分からず、
(何が……ですか?)
ソーニャは顔を伏せ、
(音、良く聴こえるでしょ?)
(ええ、聴こえます)
(私には、もっと良く聴こえる。話し言葉一つから膨大な情報が読み取れる。声が、リズムが、息の長さが、筋肉の動きが情報を与えてくれる)
ロウソクの火が、一瞬、大きく揺らぐ。
ガクには分かった。ソーニャには、人の悪意が聴こえる。嘘が聴こえる。妬みや嫉みが聴こえる。
そんなソーニャを哀れに思う気持ちさえ、おそらくソーニャには聴こえてしまう。ガクが、植物を通じ、生体反応を読み解くように。
ガクは床を見つめ、
(正直、怖いです)
(そうだよね……)
ソーニャはうつむき、
(装具、とって)
(触って良いんですか?)
こくり、とソーニャがうなずく。
ガクは、部屋のすみに置かれている箱を開ける。ソーニャの装具は、下部に滑車がついた、巨大な大弓のような武器だ。
装具の表面には傷が付いている。おそらく、先日の戦闘によるものだろう。深い傷で、機能が損なわれていないか、ガクは心配になる。
ガクが、両手で抱えると、重さで全身の筋肉が軋む―これを女の子が持つのか?
ガクがソーニャに渡そうとすると、
(待ってて)
ソーニャは台座を出し、装具をそこに置くように指さす。ガクはそこに杖を置く―手放した直後、妙な違和感。
(置けました)
(ありがとう……)
ソーニャは荒い呼吸を繰り返し、
(私は、こんな大きな武器を使うんだよ。怖いでしょ? 一緒にいるの嫌でしょ?)
(嫌じゃないです)
ガクは、必死に頭を回転させる。
(知っていますか、北部同盟にも伝説があるんです。巨大な大剣を女の子が持って、大怪獣を討ったんですよ。それに比べれば、ソーニャ様が怖いなんて、そんな)
ガクは、自分でも何を言っているか分からない。ただ、ソーニャを安心させたかった。
(そうじゃない……私が言いたいのは―)
ソーニャは唇を噛み、
(私には、全部聴こえるんだよ? ガクの焦りも、動揺も、全部! 怖いでしょ!)
ガクは、心を読まれるような寒気を感じた。だが―
(怖いけど……いや、怖いからこそ、あなたを理解したい)
(じゃあ……私が暴れたらどうするの……泣いたら、どうす……)
ソーニャが装具をにぎりしめ、ガクを見る。その瞳は涙。声は湿っていた。
(ソーニャ様が暴れたら、私がどうするかですか?)
ガクが聞くと、ソーニャはうなずく。はずみで、涙が零れてしまう。ソーニャは慌てて涙を拭く。それこそ、見られてはいけないように。
ふと、ガクは息を飲む。頭を鈍器で殴られたかのようだった。無表情の意味を悟ってしまった。
今まで異能者として、ソーニャを見てきた。だが、彼女の人生を垣間見てしまった気がした。人の心を読み、人を殺める力を持った彼女が怒れば、人は怯えただろう。泣いても人は怯えただろう。笑った時ですら、それを崩さないようにしただろう。
彼女は希望をもって、北部同盟に来た。当たり前の自由を手に入れる為に。だが、現状はどうだ?
ガクは歯噛みする。目の前の一人の女の子さえ、僕は慰められない。気が付くと、拳を握りしめていた。
(泣いたら、なだめます。でも、あなたが怖いからじゃありません)
ソーニャの目に涙が浮かぶ。
(笑っていてほしいからです。それに、暴れたら止めます。暴れるのは駄目だよって、叱らないとですから。これから、一緒に生きていかないとですから)
ソーニャは何も言わず、ベッドの上に寝転がった。
ほんと? ポツリと言った。
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