30話
ガク達が来る、数十分前―
倒れた騎士たちをソーニャが見下ろしている。本人は無傷であった。しかし、その目からは大粒の涙がこぼれている。
「約束通り、半殺しまでに留めたぞ」
炎の奥から声がし、一人の男が現れる。無精髭に包まれた野性的な顔、そして長い髪。
ソーニャが男を無視し、騎士の息を確かめる。
「俺を信用しないてか」
男は、口元をぐにゃりと歪ませ、下品に微笑む。彼はパウロ、と名乗る異能者だ。アイメルト家残党に参加した異能者の一人。
「やくそく、やぶった」
ソーニャが鋭い眼で、パウロを睨む。
「少し時期が早まっただけだ。どのみち、お前は北部同盟の現状に嘆き、俺達に救助を求めた。そして、こうなっただろうよ」
「まだだった……」 ソーニャは、パウロに近づき、かすかに声を荒げる。
「まだ、まだ、まだって……お前は優柔不断なんだよ! 北部同盟の状況を見てから、こちら側に加勢するか決めるだと? 甘いんだよ!」
パウロは怒鳴る自分に気づき、咳ばらいをし、
「協議がな、北部同盟の優勢に傾きそうなんだよ。そうすれば、特区が現実味を帯びてくる。そんなものが出来ると聞けば、異能者は北部同盟に集まってしまう」
パウロは、歯茎を見せて獰猛に微笑み、
「一度、北部同盟に保護されたお前が、その体たらくさに落胆し、脱走する。そうすれば、協議は我々の思い通りになる。北部同盟が異能者を厳しく監視するとなれば、異能者は必然的にアイメルト側に集まる。そうすれば、また異能全盛、アイメルトの旗が復活できる」
ソーニャは唇を噛む。
まだ《角笛吹き》と呼ばれる前のことだ。長い耳を持ったソーニャは、道を歩けば石を投げられ、悪口を言われ、路地裏で凌辱されかけたこともある。
心の底から、長い耳を憎み、恥じ、斬り落とそうとしたこともある。それを救ってくれたのは、アイメルト家の異能騎士団だった。
武力を持つ異能者が、地位や資産のある領主に雇われる。そんな構図を通じ、異能者は自身の価値を高めてきた。そうしなければ、人体実験の材料にされるか、壮絶な差別を受けるか、野垂れ死ぬか―
高位の聖職者として世俗から離れ、異性との繋がりを捨て、かつ戦時には兵器として一生を終える―それが異能者の幸せなのだ。ソーニャは、そう考えてきた。だが、北部同盟の特区は、それを超えるものがある気がした。例えば、好きな人と恋をし、たまに旅行へ行き、ダンスを踊り、そして、自分の子を残す。そんな自由。
ソーニャは、自分の護衛になった少年の事を思い出していた。彼は、私の耳を、ただ受け入れてくれた―
美しいと言ったり、醜悪だと言ったり、じろじろ見ることもなかった。まるで普通の身体であるかのように扱ってきた。
『信じて待ちましょう』
少年の声が脳裏に響く。
ソーニャは杖を構え、パウロに向け、
「わたし、もどる」
「おいおい……」 パウロは舌打ちする。しかし、
「分かったよ……まぁせいぜい失望することだ」 パウロは不敵に微笑むと、馬に乗り、消えていった。
ソーニャは座り込み、助けが来るのを待った。
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