28話
一度目の討伐任務を終え、ソーニャたちが中央区にもどってくる。
任務は、上手く行ったようだ。戻ってきた騎士たちは、セレモニーの中を、ソーニャと歩いている。その後ろには、投降してきたアイメルトの異能たち。
ソーニャも馬に揺られ、きぜんと前を向いていた。
「露骨なアピールだが……仕方ないな」 エッカルトがぼやく。
アイメルト残党に投降をうながす、次世代の異能の姫―作り出された虚構。
ガクは、ソーニャが領主の家に戻るのを見て、自分も向かう。部屋に向かい、侍女に挨拶する。
ガクが部屋に入ると、ソーニャは、ぐったりと布団に倒れ込み、手で目を隠している。おさげが解かれ、絹のように滑らかな髪が、布団の上に流れていた。
(お疲れ様です。ソーニャ様)
ガクが囁き声で言うと、ソーニャは、ちらり、とガクを横目で見る。
(思ってたより、マシ。稽古したおかげ)
(よかったです)
寝た姿勢のまま、ソーニャの口角が上がり、
(何か、侍女の人に聴こえる声で話さないと)
まるで、ひそひそ話が大人に気づかれないようにする子供のようだ。
ガクは、植物から意識を少しずつ戻る。ソーニャが横に置いてあった本を指で触る。本をめくる音が、轟、となるのが、少しずつ小さくなっていく。
「「「ばら」」」
「「ぱら」」
「ぱら」
ぱら、ぱら、ぱら、
ふと、ガクは、ソーニャが意識して、それを行っているのに気づく。ガクが、感覚を取り戻すのを、把握できるようにしてくれているのだ。
ガクは礼をし、
「残党の様子はどうでしたか。協議の件もありますから、過激化していると聞きますが」
「きょうぎ、どうおもう」ソーニャは先ほどの会話などなかったかのように、蚊の鳴くような声で言う。
あくまでも、異能の姫と、それを守る騎士に戻るという合図だ。ガクは、ソーニャを見つめる。ソーニャも、ガクを見つめていた。
「異能者に対する保護特区の協議の事ですか?」
ソーニャは頷く。
「そうですね……特区の設立には資金難、法的な問題、地元住民の反対……様々な問題があります」
スラスラと言葉が出たのは、ガク自身も関係のある話だからだ。
協議における北部同盟の主張はこうだ―異能への差別・偏見を減らすために、異能を制御する機構を作り出す。これだけだと小さな一歩だ。だが、異能者と無能力者の違いを無くすために必要な根本でもある。
現実的な計画として、異能者が暮らす特区を作り、まずは緩やかな監視状態を作りつつ、異能者を研究する。ある種の拘束具を開発し、異能を制御するのが現状の目標だ。異能者の子作りには、一定の規制を設けるが、禁止や去勢などは行わないというのだ。
「しっぱいしてる。むかし」
ソーニャの言葉に、ガクは胸の内を射抜かれたような感情を覚える。
異能者が暮らす特区の設立。それは、十数年前にアイメルト家領で行われ、構想のみで終わっている。
「今回も失敗すると?」
ソーニャはこちら側に寝返りを打ち、
「だいいちに、おかね……ない」
あなたが広告塔になるんですよ―ガクは言えなかった。
「資金のことは、両国が協力し、解決すると思います。信じて待ちましょう」
ソーニャは、ふと、自分の耳を引っぱり始めた。ストレスによる行動なのか、耳の一部が赤くなっている。
「痛めてしまいます」
ガクとしては、とっさの無意識の行動だった。ソーニャの細い指をつかみ、耳から手を離させる。子供にするようなそんな気持ちだった。
ソーニャは一瞬、ぽかん、とガクを見た。そして、指から手を離し、顔を隠した。
ガクもハッと息を飲む。
アイメルト家領内では、異能者は高位の聖職者として扱われていた。高位の聖職者ということは、異性との関わりは最低限に制限される。禁欲こそ、神への奉仕だからだ。
ソーニャ程の異能者ならば、伴侶ですら気安く触ることは許されない。それを、ガクが触れてしまったのだ。
「失礼しました……」 ガクは冷や汗を流しながら、頭を下げる。一瞬で心拍数が上がる。
「とれちゃえばいい……こんなの」
ソーニャは耳を内側に折り、顔を隠すようにした。怒ってはいないようだが、不快な思いをさせたかもしれなかった。
ガクは頭を垂れながら、咄嗟に囁き声で、
(それがあるから、こうしてお話しできるのですよ)
ソーニャは、息を飲み、おずおずと自分の耳を撫でた。
「軟膏をお持ちしましょうか?」
「いい……じぶんでする」
ガクは、戸棚から軟膏を取り出し、ソーニャに渡す。ソーニャは撫でるように耳に軟膏を塗った。
会話はその一瞬だけで、ガクは、草木に水をやり、定時になると家に戻った。
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