27話
ソーニャの稽古が本格的に始まることとなった。その上で、ガクは、騎士団とソーニャの間に入り、二者のコミュニケーションをつなぐ役に任命された。
稽古初日―
早朝、ガクは、稽古場にソーニャを連れていく。となりを歩くソーニャの心拍数が上がるのが分かる。
(行きたくない……話せる人いないし)
(僕が隣に居ますから)
ガクが、稽古場の扉を開けると、騎士たちの視線がソーニャに集中する。同時に、騎士たちの心拍も上がっていく。ソーニャの耳を見て、騎士たちの心拍が揺らぐ―恐怖、畏怖、嫌悪。
皆の心拍や筋肉の軋みが、意味のある形となってガクへと届く―ヒトの中にまぎれ込んだ異物/戦友を殺したかもしれない仇/戦乱を引き起こそうとしている残党。
これがソーニャの感じている世界なのか―ガクは、ソーニャの方をふり返る。強い孤独、疎外感、失望感―ソーニャの瞳から感情が消えていく。
(みんな、怖がってる。やめよう)
ソーニャは、ガクの手をつかみ、ぎゅっと握ってきた。汗ばみ、濡れた手のひら。
(大丈夫ですよ)
ガクは、ソーニャを見て、ほほえむ。そして、深呼吸するように言う。
(最初は、みんな緊張するし、怖いんですよ。初対面なんて、そんなものです。あなたが異能だからとか、元アイメルトだからじゃありません)
深呼吸するソーニャを見て、ガクは、うなずき、
(大丈夫です。みんな、聴いてくれますよ)
ソーニャは大きく口を吸い込み、
「ソーニャ・ダーンです……お世話に……なります」 甲高い声でいう。
騎士たちは、気まずそうに顔を合わせる。誰も拍手せず、ソーニャはうつむきそうになる。
一人、大きな拍手を送ってくる者がいた。 チユキが、甘ったるいが力強い声で、
「こちらこそ! よろしくぅ!」
「おうよ! 歓迎するぜ!」
エッカルトも続き、拍手をする。すると、二人につられ、パラパラと拍手が起こる。
その日は、ソーニャは杖の模造品を使い、皆との連携の訓練をする。ソーニャの攻撃手段は、遠距離からの音波砲だ。そのため、騎士たちは、ソーニャを守りつつ、露払いをするのが仕事となる。
ソーニャは、おろおろとしながら、騎士にぶつかりそうになったり、呼吸を合わせ間違えたりする。間違えるたび、ソーニャは、頭を下げ、蚊の鳴くような声で謝る。
「最初は、みんな、そんなもんじゃ」 銀髪の古参騎士が、ソーニャの肩を優しくたたき、
「儂もそうじゃった」
「はい……」
ソーニャは、少しずつ、声を大きくし、動けるようになっていった。
稽古がはじまり、数日が経った。ソーニャへの苦手意識がなくなったのか、数人の騎士はソーニャと普通に話すようになり始めた。相変わらず、ソーニャは声が小さかったが、誰もそれをとがめなかった。
どうやら騎士たちの中でソーニャ像が変わり始めたようだった。ソーニャの練度が高くない事で、戦友を殺した仇敵ではないと分かったのもあるし、話してみるとオドオドとした自分の娘くらいの少女でしかないと分かったようだ。
稽古場の隅で、ガクはフェルグスに呼ばれた。
「上手く、溶け込んできたな」
「ええ、彼女も相当努力しています」
ガクの視線の先で、ソーニャは身振り手ぶりで必死に話している。チユキやエッカルトがそれを補助し、騎士たちもそれを真面目に聞いていた。
「あなたがそれに応え、受け入れてくれたからでもあります」
ガクが言うと、フェルグスは、少し苦しそうに、
「異能者の受入は、最優先の課題だ……俺たちの生存をかけた戦いなんだ。正義や慈善ではない」
「それは……どういう意味ですか?」
とっさに、ガクは聞いてしまう。
ふと、遠くのソーニャと目が合う。彼女にも聴こえている、とはっきりと意識する。
フェルグスは生気の抜けた声で、
「領土を増やし、この世界の覇者となるためには、ある程度、他者を受け入れなければならない。他者を受け入れ、自らを変容させていく。だが、受け入れる範囲を選ぶのは、強者であり、勝者だ」
ガクは、ハッとする。フェルグスは、ソーニャを見ながら、ぼんやりと言う。
「死なない程度に叩きのめし、自分が納得する範囲で、相手を受け入れる。それが、本当の受容……なのか? それはいずれ、大きな暴力や悲劇を引き起こすんじゃないのか?」
「それは……」
ガクは言葉に詰まる。そうではない、と否定したいが、できない。
それがベターだと言い、励ますことは、無責任すぎる。
「俺は、今、歴史の転換点に立っているんだ」
フェルグスは感情の抜けた瞳で、こちらを見てくる―大勢の命を背負い、かつ未来を背負い、正気を保てる者などいない。
「武力を用いなければならないのは、今がまだ戦時下だからです……」ガクは、苦しまぎれに言う。
(違うよ。ガク)
ガクは、ハッとし、ソーニャを見つめる。
(他者は基本的に怖いもの。互いの安全が保障されない状態では、受け入れ合うことは出来ない。それは戦時も平時も変わらない。それに、人は完全に分かり合うことは出来ない)
それでも、戦い続けるのか?
自分とよく似た声の人物が、ガクに問いかける。
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