25話
酒場の二階にある宿屋で、ガクたちは酒を飲んでいた。下では、毎晩のように行われている宴会の声がする。
今日は、ある理由から特別に2階の一部屋を借りたのだ。
「ソーニャが開放か……」
エッカルトが、ビール片手にため息をつく。
「護衛付きで残党狩りに行け、とはねぇ~」
チユキがビールをぐびぐびと飲み干す。
「わざわざソーニャにアイメルトの残党を狩らせるなんて、何かきな臭いことが水面下で行われているんじゃないか?」
エッカルトが一階へつながる階段を見る。極秘と言うほどではないが、大っぴらで話せない話題なので、宿屋の主人に頼み、2階を借りたのだ。間諜が居ないとは限らない。
「何かとんでもないことに巻き込まれているかもしれない」ガクはため息をつく。
表情を曇らせたガクの首を、チユキがかかえ、
「ソーニャの近衛に選ばれちゃうとはねぇ、ガクちんよぉ、色仕掛けでもしたんかぁ~」
「酔っ払い……」
チユキにされるがままに、ガクは机に押し付けられる。後頭部で、柔らかく、暖かい物が潰れる。
「ソーニャには武器を渡すのかね?」
エッカルトが鶏肉をかじりながら聞く。
「そう聞いてるよ。とはいえ、僕は補欠だ。出番はないかもしれない」
離せ、とガクはチユキの顔をぐいぐいと押しながら答える。
一時間後、ガクは途中で酒盛りを抜けた。今日は、深夜帯のシフトなのだ。
自室で装備を拾い、ソーニャがいる館へ向かう。そこは領主の館の別館で、客人を招くための滞在施設だ。
完全武装した騎士に挨拶をし、滞在施設の扉をくぐる。部屋の中は、豪華な装飾がちりばめられており、ロウソクの灯りを受け、輝いている。
館の中には、メイド兼警備が立っていた。大柄だが、どこか洗練された女性だ。腰に武器を下げているが、威圧感はない。
「《角笛吹き》様は、2階にいらっしゃいます。こちらへ」
ガクは、メイドに連れられ、階段を上る。部屋に着き、
「入ります」
広い部屋の隅に、ソーニャはいた。少し離れた場所に、大型の弓のような物が見える。攻城戦で使用するものだろうか。
近づくと、パイプオルガンのような機構が見える。複数の筒が、付けられているのだ。
メイドが、ガクの耳に口を近づけ、
「あれは、ソーニャ様の装具です。触らないでくださいね」
あれを一人で扱うのか、とガクは驚く。少なくとも、2~3人で使用する大きさだ。
ガクは、装具から目を離し、ソーニャを見る。
ソーニャは、本を読みながら、自分の長い髪をくるくると指で触っていた。ガクが部屋に入っても、ソーニャは、表情を変えない。
ガクは、植物に意識を集中させる。すると、
(聴こえる?) 雪が地面に落ちるような、か細く、小さな声。
(聴こえます) 植物の聴覚を利用し、やっとソーニャの声が聴こえる。
ソーニャは表情を変えず、
(練習したの?)
ガクは、吐息を吐くような声で、
(ええ、練習しました)
数日前から、ガクは、ソーニャの聴覚を植物で再現するべく、練習を続けていた。そうすることで、ソーニャが喜ぶのが、なぜかわかったからだ。
(草が根を張って、土が微動している)
(そこまではまだ聴き取れません)
(集中して)
ガクが目を閉じ、植物に意識を集中させる。キーン、と耳鳴りがし、脳が真っ白になるような錯覚を覚える。
がさ、がさ、と小石を何かが押し出し、動かしていく。
(聴こえました……)
(じゃあ、次―)
ソーニャの囁きは途中で聞こえなくなる。部屋が無限に広がり、空気がごうごうと音をたてる。心臓が、どくどくと鳴り、筋肉がぎしぎしと軋む。
うわん、うわん、うわん、と空間がうねるような不快な振動。ガクは歯噛みし、吐き気を堪える。
なんだこれ―ガクは全身が痙攣するのを感じた。
手に冷たい感触―ハッとし、眼を開ける。
(無理しないで)
目の前に、ソーニャがいた。吐息がかかるほどの距離。心拍が高まっているのが聞こえる。柔らかい四肢が曲がり、体温を発するのが分かる。
「「「「ガク様、大丈夫ですか!」」」」
地面が鳴るような低い音。頭蓋が揺れ、身体の上下が分からなくなる。視界がサイケデリックな色彩に包まれ―
誰かが悲鳴を上げている。それが徐々に小さくなり、周囲の光景が戻ってくる。
全身がほのかに熱い。ガクは、我に返り、自分がぐったりと倒れていることに気づく。酷く気分が悪い。
鉛のように重い身体を、誰かが支えている。しっとりと冷たく、それでいて暖かく柔らかい感触。
(大丈夫だよ、ガク)
誰かが頭を撫で、ガクは呼吸を整える。視界の隅、ソーニャが自分の真上に居るのが見えた。
暖かく、やわらかでいて弾力のある物が頭を支えている。それに沈み込むように、ガクは眠りに落ちていく。
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