24話
次の日、牢のある家に行くと、エッカルトが騎士と話していた。
「おう」
エッカルトが、手をあげる。
「どうしたの?」
ガクが聞くと、エッカルトが顔を寄せてきて、
「ソーニャは早めに解放されるかもしれないんだと」
「なんで……まだ尋問は始まったばかりじゃ」
「政治的理由ってやつだよ」
エッカルトの話を要約すると、こうだ。
ソーニャは外部装置で異能を使うというコンセプトで成功を収めた。つまり、ある種の政治的偶像でもあるのだという。
外部装置による異能の制御、それが可能になれば、異能者を巡る偏見や畏怖は少なくなるだろう。そのイメージを広げるには、ソーニャは、もってこいだった。
「彼女が中央区に居るというのは、政治的な切り札になる」
「今行われている隣国との協議に関係しているってこと?」
「そそ、決裂した議論をまとめる事ができるかもしれない。彼女を筆頭に、制御できる異能をアピールできれば、北部同盟側に有利に進むんだ」
地下牢に行くと、ソーニャは相変わらず読書をしていた。
ガクは植物に水をやりながら、ちらりと見る。尋問が始まったはずだが、動揺している気配はない。
「ここでの生活はどうです?」
無表情。無言。ぱら、ぱら、と書籍をめくるだけ。
ガクは、それを受け入れ、水やりに専念する。そうして、また一日が終わる。
次の日―
「首苦しくないですか?」
その次の日―
「料理、口に合いますか?」
そのまた次の日―
「良い天気ですね」
ガクは合うたびに、懲りずにソーニャに声をかけ続ける。言葉を交わさない事には、彼女の事は何も分からないからだ。
ある日、地下牢に降りると、ソーニャが植物を眺め、鉄格子から指を伸ばし、植物を触っているのが見えた。
「水、あげてみますか?」
びくっと、ソーニャは震える。そして、部屋の奥のベッドに寝ころんでしまう。
ガクは、また水やりを始める。
「したい……わたしも」
蚊の鳴くような声がした。
「じょうろ、ここに置きますね」
よろよろと、ソーニャが近づいて来て、じょうろを取る。そして、恐る恐る草に水を上げた。
葉は、水をはじき、しゅわしゅわと音をたて、土に水が吸い込まれていく。
「かわいい……」
ソーニャは、言ってから、ハッと口をつぐむ。一瞬、ガクを睨む。
「可愛いですよね」
ソーニャは口を尖らせ、ガクを無視する。
ガクは、植物を通じ、ソーニャの生体反応を監視し続ける。突然、ソーニャの心拍が跳ねあがり、早くなる。
ガクは、眼を細め、ソーニャを見る。ソーニャの目が、じっとこちらを見つめていた。その桃色の唇が、微かに動く。
(聴こえるんだね)
か細い声がし、ソーニャの口角がわずかに上がる―初めて見せた感情のかけら。
ガクは、はっと息を飲む。
ソーニャは、植物を通じ、ガクが自分の生体反応を監視していたのに気づいていた。そして、それを確信させようとしたのだ。
(聴こえます……)ガクは囁くように言う。どうやらソーニャは、微小な声を出し、それに指向性を与えることができるようだ。ガク以外には、誰にも聞こえない声。
ソーニャは、顔を伏せ、
(しゅわしゅわ、水を飲む音)
(何が、水を飲むのです?)
ソーニャは、草を指差し、
(聴こえる?)
(いいえ、私には聴こえません)
ソーニャの瞼がわずかに垂れる。
ガクは、何故か、ソーニャが落胆したのだと分かる。そして、神経を集中させ、植物に意識を集める。振動を感じ取る―
しゃわしゃわ……と水を吸い込む音が聞こえる。それこそ、埃が舞うような小さな音。
(聴こえました)
ソーニャの目が、僅かに開く。そして、静かにベッドの上に戻って行く。
ばん、と耳を叩くような大きな音がし、ガクは息を飲む。そして、周囲を見渡す。すると、交代の騎士がドアを閉めただけだった。
耳を抑え、ガクが呻いていると、ソーニャがそれを見て、また口角を少し上げた。
数日後、ソーニャを解放することが決定された。彼女は、北部同盟の騎士団に所属することになる。
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