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八重咲の勇者 ~最弱スキルで最強になれ~  作者: 賢河侑伊
第三部 漆黒の魔女 編
23/34

24話

 次の日、牢のある家に行くと、エッカルトが騎士と話していた。


「おう」


 エッカルトが、手をあげる。


「どうしたの?」


 ガクが聞くと、エッカルトが顔を寄せてきて、


「ソーニャは早めに解放されるかもしれないんだと」


「なんで……まだ尋問は始まったばかりじゃ」


「政治的理由ってやつだよ」


 エッカルトの話を要約すると、こうだ。


 ソーニャは外部装置で異能を使うというコンセプトで成功を収めた。つまり、ある種の政治的偶像でもあるのだという。


 外部装置による異能の制御、それが可能になれば、異能者を巡る偏見や畏怖は少なくなるだろう。そのイメージを広げるには、ソーニャは、もってこいだった。


「彼女が中央区ここに居るというのは、政治的な切りカードになる」


「今行われている隣国との協議に関係しているってこと?」


「そそ、決裂した議論をまとめる事ができるかもしれない。彼女を筆頭に、制御できる異能をアピールできれば、北部同盟側に有利に進むんだ」


 地下牢に行くと、ソーニャは相変わらず読書をしていた。


 ガクは植物に水をやりながら、ちらりと見る。尋問が始まったはずだが、動揺している気配はない。


「ここでの生活はどうです?」


 無表情。無言。ぱら、ぱら、と書籍をめくるだけ。


 ガクは、それを受け入れ、水やりに専念する。そうして、また一日が終わる。


 次の日―


「首苦しくないですか?」


 その次の日―


「料理、口に合いますか?」


 そのまた次の日―


「良い天気ですね」


 ガクは合うたびに、懲りずにソーニャに声をかけ続ける。言葉を交わさない事には、彼女の事は何も分からないからだ。


 ある日、地下牢に降りると、ソーニャが植物を眺め、鉄格子から指を伸ばし、植物を触っているのが見えた。


「水、あげてみますか?」


 びくっと、ソーニャは震える。そして、部屋の奥のベッドに寝ころんでしまう。


 ガクは、また水やりを始める。


「したい……わたしも」


 蚊の鳴くような声がした。


「じょうろ、ここに置きますね」


 よろよろと、ソーニャが近づいて来て、じょうろを取る。そして、恐る恐る草に水を上げた。


 葉は、水をはじき、しゅわしゅわと音をたて、土に水が吸い込まれていく。


「かわいい……」


 ソーニャは、言ってから、ハッと口をつぐむ。一瞬、ガクを睨む。


「可愛いですよね」


 ソーニャは口を尖らせ、ガクを無視する。


 ガクは、植物を通じ、ソーニャの生体反応を監視し続ける。突然、ソーニャの心拍が跳ねあがり、早くなる。


 ガクは、眼を細め、ソーニャを見る。ソーニャの目が、じっとこちらを見つめていた。その桃色の唇が、微かに動く。


(聴こえるんだね)


 か細い声がし、ソーニャの口角がわずかに上がる―初めて見せた感情のかけら。


 ガクは、はっと息を飲む。


 ソーニャは、植物を通じ、ガクが自分の生体反応を監視していたのに気づいていた。そして、それを確信させようとしたのだ。


 (聴こえます……)ガクは囁くように言う。どうやらソーニャは、微小な声を出し、それに指向性を与えることができるようだ。ガク以外には、誰にも聞こえない声。


 ソーニャは、顔を伏せ、


(しゅわしゅわ、水を飲む音)


(何が、水を飲むのです?)


 ソーニャは、草を指差し、


(聴こえる?)


(いいえ、私には聴こえません)


 ソーニャの瞼がわずかに垂れる。


 ガクは、何故か、ソーニャが落胆したのだと分かる。そして、神経を集中させ、植物に意識を集める。振動を感じ取る―


 しゃわしゃわ……と水を吸い込む音が聞こえる。それこそ、埃が舞うような小さな音。


(聴こえました)


 ソーニャの目が、僅かに開く。そして、静かにベッドの上に戻って行く。


 ばん、と耳を叩くような大きな音がし、ガクは息を飲む。そして、周囲を見渡す。すると、交代の騎士がドアを閉めただけだった。


 耳を抑え、ガクが呻いていると、ソーニャがそれを見て、また口角を少し上げた。


 数日後、ソーニャを解放することが決定された。彼女は、北部同盟の騎士団に所属することになる。

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