22話
数日後、ガクは警護を終え、フェルグスと中央区にもどってきた。
北部同盟と隣国の間の協議は、一点の議題をのぞき、スムーズに進んだ。それは異能者の待遇だ。それについては、合意にはいたらず、先のばしになった。
ガクが騎士団の事務所に顔を出すと、次の任務をつげられた。
騎士団の隊長が資料を渡してくる。
「ある異能者が投降してきた」
ガクは資料の名前を見て、目を丸くする。
《角笛吹き》のソーニャ―アイメルト騎士団内でも、次世代の異能者と呼ばれた実力者。音響を使い、不可視の弾丸を放つといわれている。
うわさは聞いたことがあったが、直接会ったことはなかった。
資料によれば、ソーニャは「北部同盟に投降するから保護してほしい」という手紙を送ってきた。アイメルト家の英雄が投降してくるということで、北部同盟は色めきだった。
アイメルト家の英雄が、敵だった北部同盟に投降し、無事保護される。これだけで強力な政治的な意味を持つからだ。同時にそれを阻止しようとする勢力も色めきだした。
アイメルトの残党は、ソーニャを暗殺するために何人もの刺客を送り込んできた。名のある騎士から、先日まで農民だった盗賊まで、何人もがソーニャを襲いに来た。それらを突破し、ここに逃げ込んだのだという。
「《角笛吹き》の護衛、重大な任務だ。心してかかれ」
隊長は、苦虫を嚙み潰したよう顔をし、ガクに地図を渡してくる。そこでソーニャが保護され、警備の元、生活しているのだという。
なんで隊長は、あんな顔をしたのだろう―ガクは不思議に思いながら、街を進む。
ガクは、街の郊外にある家にたどり着く。ここがソーニャを拘留する牢獄だ。かつては、市民による拷問(魔女狩りや異端狩り)で使用されていたと聞く。
薄気味悪いと思いながら、ガクは小屋に入る。一階は、騎士がくつろいでいた。
一人がガクに気づき、「おうガク! 警護対象は、地下だ」
ガクは、その若い騎士と共に地下へと降りる。地下室は狭く、鉄格子があった。だが、トイレは個室だし、ベッドもあるようだ。
ガクは部屋の奥を見る。そこには、一人の少女が寝転がっていた。ガクと同い年くらいだろうか。小柄な少女だ。
華奢な身体―均整の取れた骨格、肌の色素は薄く、触れば折れてしまいそうなほどだ。髪は長く、滑らかな黒髪を、二つのおさげにしている。
少女に表情と呼べるものはなく、彫刻のように見えた。漆黒の瞳にも感情はなく、分厚い本をめくるたびに僅かに動くだけだ。時折、その鋭く尖った大きな耳が揺れる。それはまるで、伝説の妖精のよう。
「あれが……《角笛吹き》?」
ガクは、ぼんやりと言う。あまりにもイメージと違い、呆気に取られてしまう。
若い騎士は、興奮し、
「信じられねぇよな、あの耳……本当に《黙示録の角笛吹き(アポカリプス・トランぺッター)》かもしれねぇ」
騎士が言い、ガクは顔をしかめる。なるほど、騎士たちは、聖書の黙示録に出てくる天使をソーニャに重ねているというわけだ―かつて、自分たちを滅ぼしかけた仇敵という印象を忘れないために。
「その昔、アイメルトには、本物の天使が居たんだろ? あいつもその仲間なのー」
若い騎士は、ガクの表情を見て、口をつぐむ。
「すまん……もうお前は、北部同盟の騎士だもんな」 若い騎士は、咳ばらいをし、
「ガク、お前の任務は彼女の監視だ。とはいえ、騎士団上層部で彼女を尋問し、情報を引き出す必要があるから、ずっとじゃない」
「尋問をしている時以外、ですね?」
騎士は頷き、
「何とか、アイメルト残党の情報を絞り出さなきゃならない……じゃ、半日、監視を頼むよ」
騎士はガクに命じると、地上へ上がっていく。
ガクと、ソーニャは、2人きりになり、静寂が部屋をつつむ。
「寒かったり、暑かったりしませんか?」
ガクは、話題を探すべく、何となく言葉を発する。
ソーニャは、それを無視し、読書を進める。まるで、そこだけ切り取られたかのように、音がない。
ガクは、ぼんやりと、その尖った耳を見る。そこには金属の器具が付けられている。どうやら、それを付けていないと「聴こえ過ぎる」らしい。資料に書いてあった。
音響を操るソーニャにとっては、巨大な耳は、無くてはならないものだが、生活では邪魔なのだろう。
ぱら、ぱら、と本をめくる音だけが聞こえる。ガクは、鉄格子の近くに観葉植物の入った鉢を置いていく。それを使い、ソーニャの生体反応を監視するためだ。
ソーニャは、ときおり水を飲む以外は、だらしない姿勢で本を読んでいるだけだ。ゆるんだ空気が流れる。だらだらと時間が流れる。気が付けば、ガクも舟を漕ぎ、大きなあくびをしてしまう。
フェルグスの警護、疲れたなぁ―ガクも、気が付くと、別の事を考えていた。
交代を知らせる声がし、ガクは大きく伸びをした。ちらり、とソーニャを見る。鉄格子の中の少女は変わらず本を読んでいる。楽しそうでも、かと言って苦しそうでもない―そこには、感情がない。
刺客を避け、死線をかいくぐり、ここに来たというのに、ソーニャからは、欲求のような物が感じられない。
ガクは小さくうなる―なぜ、彼女は、ここに来たのだろう。
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