21話
フェルグスを隣国の領主の元に送り届け、ガクは暇になった。会談が終わるまで2時間、街を歩くことにする。
隣国の様子は、ガクの住む街―北部同盟中央区―と大きく違った。
人々の髪色は黒く、少し背が低い。街に並ぶ屋台からは、嗅いだことのない匂いがした。客引きの声は、方言ばかりで、ガクには理解できない。
ガクは、ぼんやりと目的もなく歩いていく。すると、突然、大声がした。男の怒鳴るような、わずかに上ずった声。
声のする方に、人だかりができている。ガクは、剣の鞘に手をかけ、人だかりに近づいてくる。すると、子供を抱えた一人の男が囲まれている。
「近づくな!」
男は子供を片手で羽交い締めにし、片手を群衆に向けている。子供は、脱力し、脚が宙で揺れている。
男の手からは血が滴り、それを皆に見せつけている。
「俺は、異能者だ! 血に触れるな!」
男が叫ぶ。皆がのけぞり、男を中心に人が離れていく。
人をかき分けながら、ガクは持っている植物と感覚を同期する。
血の匂いを分析―毒は感じられない。ただの血だ。問題は、首を絞められ、意識を失っている子供だ。
「異能者が! 死ね!」
「良くも、俺達を騙してたな!」
「こんなに近くに居たなんて」
だが、周りは、男の嘘に気づかず、ヒートアップしていく。
早く子供を助けないと―ガクは、飛び掛かるタイミングを見計らう。
(毒はない。ただの人間です。だから、素手で拘束しても大丈夫です)
ガクの耳元で、落ち着いた声が囁く。滑らかで柔和な女性の声。ガクは、ハッと振り返る。しかし、誰もいない。
「毒はない。ただの人間。だから、飛び掛かっても大丈夫だ!」
誰かが、全く同じことを叫ぶ。すると、人だかりは、それに呼応し、
「あいつはただの人間だ!」
数人の男たちが一気に、男に飛び掛かる。血を流していた男はあっという間に押し倒され、拘束された。
(彼は、ただの人です。あなた方と同じ。異能者じゃない。だから丁重に扱って。ただ、お腹が空いていただけ。みんなも分かるでしょ。ひもじい辛さ)
また、ガクの耳元で誰かが囁く。周囲を見渡すが、声の主らしき人物はいない。
「腹が減っていただけなんだろ?」
囁きの声を繰り返すように、誰かの叫び声が聞こえる。それは人だかりの中で、繰り返される。
あっという間に、血を流していた男は、「空腹で仕方なく、盗みを働いた弱者として扱われる」
なんだ、これは―ヒートアップしていた群衆が一気にクールダウンし、男に同情を寄せ始めた。何らかの群集心理なのは確かだが。あの囁きは何なのだろう。
ガクは、ゆっくりと周囲を見る。しかし、人だかりの中に、それらしき人物はいない。
「異能者じゃなくて良かった」
誰かが言うのを聞き、ガクはため息をつき、その場を離れる。
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