1-2(side)
森を抜けた場所に、小さな砦がある。
オリカ・アイメルトは、それを樹々の隙間から見つめていた。かつて、自分が守り抜き、仲間と共に敵を撃退してきた砦。
いま、そこで風に揺られているのは、北部同盟の旗だ。
―もう、あそこは私たちの城ではない。私たちは、負けたのだ
オリカは、森のなかで、歯噛みする。
周辺には、部下たちが並んでいる。10人程度だろうか。数々の戦場を共にしてきた仲間たち。王の直属として最後まで戦った精鋭たち。
ざっざっ、と草をかき分ける音がし、一人の男が森を進んでくる。それは、新生アイメルト家の事務官だった。かつては、酒を飲み交わし、馬鹿話を話した仲。
「やはり……無理だ」
事務官は、一言だけ言い、地面を見つめる。まるで、そこに答えが載っているかのように。そして、息を吸い込み、
「王家は……いまは戦犯だ。お前たちを雇うことは出来ない」
「つまり……我々は、職を解かれる、と」
オリカは、ぼんやりと呟く。ふと、笑えて来る。
15年の忠誠が、こうして簡単に終わりを告げた。オリカなどまだ良い方で、他には30年近く、アイメルト家に仕えてきた者もいる。
だが、そんなことは関係なかった。すべてが、終わった。
事務官は、拳を握りしめ、
「すぐに……ここを立ち去るんだ。来てくれたばかりで申し訳ないが……」
「オリカ隊長!」
若い騎士が、オリカを呼ぶ。
それに続き、老騎士も、
「ここまでこき使って、ポイなんて、そんな話通る訳ねぇだろ! なぁ、オリカ!」
オリカは、歯噛みし、極めて冷静に、
「命令だ!」
騎士たちは、顔を見合わせ、そして、全員が顔を伏せる。
終わったのだ。全てが―
事務官が、オリカに耳打ちし、
「死を偽装するんだ。そうしないと、我々も、お前たちを追わなければならない」
オリカは、うなずく。そして、腰のロングソードへ手を掛ける。柄革は手に馴染み、鍔には無数の傷が刻まれていた。
ゆっくりと鞘から抜く。手が震えた。まるで初陣の時、初めて握った時のようだった。
―オリカ・アイメルトは死んだのだ
オリカは、数秒だけ、その刀身を見つめる。そして何も言わず、事務官に渡した。
「これを適当な死体に持たせる。さ、早く逃げろ」
オリカは、手持ち無沙汰になり、手を虚空で這わせた。
それを見た部下が、小さく呟く。
「これから……俺たちは、どうなるんでしょう」
誰も答えられない。
新生アイメルト家から捨てられたという事は、我々は、お尋ね者だ。新生アイメルト家と、北部同盟の双方から追われることになる。
武装解除し、農奴にでもなるか? いや、なれない。
オリカを始めとする異能者は、農作物の成長に悪影響を与える(という迷信)があったので、種にすら触らせてもらえない。
じゃあ、工具や武器でも作るか? 長い年月、戦いだけを経験してきて、今更新しいことを始めるのは遅すぎる―
「オリカ! 俺たちは、どうなるんだ?」
部下の声に、オリカは目を伏せる。だが、オリカは、その問いに答えなければならなかった。彼らの長だからだ。
オリカは、眼を上げる。不安そうな十数人の顔が並んでいる。皆、自分だけを見ていた。
「安心しなさい」
その言葉は、自分自身に言い聞かせるようでもあった。
「私が、必ず皆を生かし、アイメルトの旗を再びここに立たせます」
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