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 幸福な時間というものは、いつだって光のように過ぎて行く。今もそう。全身を満たしていたあの高揚感は嘘のように薄れ、微睡みの中にいるような倦怠感だけが残っている。 


 だがそれでいいと、道場は思った。あの感覚をもう一度。そんな飢餓感が自身をより高みへと押し上げてくれるから。停滞した時間の中、イレイザーズのSVになった今でもそれは変わらない。むしろ、人であった頃よりも更に大きくなっていた。


「……最高だった」


 名残惜しそうに呟きながら、道場は地面に転がっている三つの死体に目を向ける。いずれも素晴らしい標的だった。声もなく散った少女と怒りを露わにした少年、そして命乞いをするように弟の名を呼び続けた女子高生。多分、数日はこの出来事を忘れられないだろう。


 こんな状況を用意してくれたあの少年――斉木シュウジには感謝せねばなるまい。

 

 ただ、この程度の相手なら能力の拡張など必要はなかったのではないか?

 そんな疑問を抱きながら、道場はシュウジの方に目を向ける。

 彼は黙って、姉の死体を見つめていた。

 冷たく、だが澄んだその瞳に道場は自身の悪癖がうずくのを感じた。


 衝動的にというほど感情が動いたわけではない。

 だが、彼の手が握る銃口は、自然とシュウジに向かっていた。

 イレイザーズ同士の殺し合い。それは不思議とこれまで聞いたことがなかった事象だった。


 流れに身を任せるようにして道場は引き金を引いた。

 その時、道場の周りで不思議な現象が起こった。

 弾丸が驚くほどゆっくりとシュウジに向かって飛んで行く。

 まるでこの瞬間を目に焼き付けろと誰かが言っているかのように。

 そこはまさしく極限の集中力が生んだ世界であり、道場が恋焦がれ続けた世界だった。


 俺は今、最高に幸福な時間を堪能している……。


 歓喜の吐息を吐き出しながら、道場はその瞬間を見守った。

 やがて、黒い弾丸が少年の元へと到達する。

 道場は恍惚な気分に浸りながら、鮮やかな花火が上がるのを見逃すまいと目を凝らした。


 そして、少年のこめかみに弾丸が着弾したその時――、


「ん?」


 道場の視界がガラスのように粉々に砕け散った。


     ◆


「ざまあみろ」


 地面に転がる道場を見下ろしてソウが言った。

 その額からは、滝のように汗が流れ落ちていた。


「上手く行ったんですね?」


「ああ……」メイの言葉に小さく答えたソウは、その場にどかっと腰を下ろす。「マジ、疲れた」


「お疲れ様です」そう言ってメイはソウにハンカチを渡す。「久し振りに見ました。兄さんが本気を出すの」


 そんな二人のやり取りを、マヤは訳が分からないといった表情で見つめている。


「……え、何? 今、何が起きたん?」


 突然、大勢のシュウジのパチモンに取り囲まれたマヤたちは、端的に言って絶対絶命だった。

 あ、これ詰んだと、マヤは内心で死を覚悟していたほどだった。

 しかし、どういうわけかそうはならなかった。

 

 今、地面に転がっているおっさんが、自分で生み出したシュウジたちを撃ち始めたからだ。

 恍惚とした表情で銃を撃つおっさんは大変気持ちが悪かった。

 だが、その隙を付いてソウがおっさんを殴打し昏倒させることが出来た。


「このおじ、気でも触れたんかな?」


 落ちていた小枝でマヤが道場の頭をツンツンしていると、「違いますよ」とメイが言った。


「兄さんの仕業です」


「あー、まあ、そだよね普通に考えて。何か二人で意味深なやり取りしてたし……。で、何したの諌山君?」


「ああ、それは――」


「まあ、大方強力な認識阻害を掛けたって所だろうけど」


「何で自分で言っちゃうの!?」


「いいじゃん別に。どうせ大したネタバレでもないんだから」


「いや、これ結構きついんだよ。マジで……」


 がっくりと肩を落とすソウを見て、「兄さん、不憫です」とメイが言った。

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