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メイが倉庫に侵入すると、そこには斉木シュウジたちの姿があった。シュウジたちと言ったのは、彼の他に仲間が居たというだけの意味ではない。彼と同じ顔をした人物が何人もそこに居たという意味だ。
その状況にメイは最初こそ戸惑ったが、すぐに平静を取り戻した。イレイザーズが相手なら、このくらいの異常事態は、あって然るべきだ。取り乱す必要はどこにもない。それよりも問題は、この状況を誰が作り出しているのかということだ。
倉庫の中を確認したらすぐに戻るつもりだったが、これはもう少し状況把握が必要だ。メイは、倉庫内に積まれていた荷物の陰に身を隠すと、発動中だった能力を解除する。
(……燃費が悪いのが、この能力の欠点よね)
停まっていた時間が動き出すと、メイは途端にひどい倦怠感に襲われた。体が鉛のように重くなり、呼吸も満足に行えない。それでも、この状況を見過ごすことは出来ないと、深呼吸したい欲求を必死で押さえていると、倉庫の中でしゃがれた男の声が響いた。
「お前さんのおかげで、俺の能力も随分と拡張されたようだ。以前は銃弾のような無機物しか複製できなかったんだが……」
「そう言う割に、あまり嬉しそうじゃないね?」
今度は若い男の声だ。
おそらくマヤの弟のシュウジだろう。
メイはそのまま二人の会話に聞き耳を立てる。
「元々、俺は能力者たちを狩るのに、そこまで自分の能力に依存してはいなかった。所詮、相手は人間。頭を弾かれれば死ぬ」
「ごもっとも」乾いた笑い声と共にシュウジが言う。「……ところでさ? この周りのやつ、そろそろ消してくんない?」
「出せと言ったのは、お前さんだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ。あんたの能力が、どんなふうに拡張したのか見てみたかったから……。でもさ? それなら俺じゃなくて自分の複製を作れば良かったんじゃない?」
「お断りだ。自分と同じ顔をした木偶を生み出すなんて気味が悪い」
「いや、だから消して欲しいんだけど……」
シュウジの言葉に男が小さく舌打ちをする。
その様子をメイが物陰からひっそり見ていると、突然、その場に居たシュウジの複製たちが音もなく姿を消した。
「これでいいか?」
「うん。……って言うか、あんたの能力、かなり便利だよね? 使い方次第じゃ、SVの上位にだって食い込めるんじゃない?」
「興味ないな」
「ふーん、欲がないんだね?」
「必要か? 我々、SVにそんなものが?」
男の問い掛けに、シュウジは同意を示す様に肩を竦める。
「でも、力は必要だろ? この世界の安定を脅かす存在に対抗するには」
「そうだな」男はそう答えると、何故か再び、シュウジの複製を作り出す。「……ところで、さっきから気になっていることがあるんだが?」
「ああ、うん。俺もだよ」
不意に倉庫の中の空気が変わった。まるで四方八方から誰かに見られているような感覚に、メイは反射的に能力を発動していた。そして、その判断が間違いではなかったと、すぐに思い知ることになった。
停止した時間の中、倉庫から脱出しようとメイが振り返ると、額に硬いものが当たった。黒く光るそれを見て、メイの顔から血の気が引いて行く。
「一歩間違ってたら、死んでたかも……」
そこには、メイの頭に銃口を突き付けている男の姿があった。
◆
倉庫を出た瞬間、久し振りに味わった死の恐怖に全身から汗が噴き出していた。一つ前のループでエレンと初めて会った時にも似たような感覚を覚えたが、今回はあの時よりも自身に向けられる悪意が段違いだった。
早鐘を打つような心臓の鼓動と能力使用による激しい疲労に苛まれながら、メイは元居た場所へと引き返す。そして、ソウたちの元に辿り着くと、そこでようやく能力を解除した。
「あ、メイちゃん――」
先にメイの帰還に気が付いたマヤがお帰りと言い掛ける。
だが、それより先にメイの膝が崩れた。
「メイ!?」ソウはメイの肩を支えると、その手に伝わって来た体温に顔を歪ませる。「お前っ……、また、無茶したな?」
「ごめん、なさい……」
「いや、責めてるわけじゃない」
ソウはメイをその場に座らせると、滝のように流れている汗をタオルで拭い、水の入ったペットボトルを手渡した。余程、喉が渇いていたのか、その水をメイは一気に飲み干す。
「メイちゃん、だいじょぶそ?」
「はい。少し休めば回復すると思うので」辛うじて笑顔を作ったメイが答える。「それより、二人に伝えたいことが――」
メイは倉庫で見て来たことを二人に説明した。
その内容にソウとマヤはまったく異なった反応を見せた。
「やはりシュウジ君はイレイザーズになっていたか」
「どうしよう」動揺を隠せない様子でマヤが言う。「うち、どうしたら……」
マヤも覚悟はしていたはずだ。だが、実際に弟がイレイザーズ化したら、平静ではいられないのだろう。彼女が弟のシュウジをどれだけ溺愛していたかは、傍から見ていただけのソウにも、十分過ぎるほどに伝わっていた。
だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。むしろ、こんな状況だからこそ、確実に事を成さなければならない。
「斉木さん、落ち着いて」努めて冷静にソウが言う。「大丈夫だよ。君の能力があれば、シュウジ君を元に戻すことだって出来るんだし……」
「分かってる。でも、うち冷静になれる自信がない……」
マヤにしては弱気な発言。エレンとは対照的に、いつも自己肯定感MAXなギャルが、今は見る影もない。小さな肩を震わせているマヤを見て、「大丈夫だよ」と、ソウは自分でも知れず彼女に手を伸ばそうとした。
しかし、次に聞こえて来た声に、ソウは伸ばし掛けた手を一瞬で引っ込めた。
「え? 無理! 無理、無理! だって、シュウ君がたくさん居るって……。何、それ? そんなとこに行ったら、うち、おかしくなっちゃう!」
「…………大丈夫だよ」
君、すでに正気じゃないから。
図らずも、頭と心が凪の海の様に落ち着いて来るのを感じながら、ソウはメイに話の続きを促す。
「お前が見たのって、おっさんの能力だけか? シュウジ君の方は?」
「分かんない。そこまで確認する余裕なかったから……」
「そうか。しかし、そうなると半分は出たとこ勝負になる訳か」
「兄さん。やっぱり、日野森さんを待った方が――」
メイがそう提案した時、悲鳴という名の大絶叫が響いて来た。
そのあまりの声の大きさにソウたちは、三人が同じように耳を塞いだ。
「……ね、ねえ、今の声って!?」今の声で正気に戻ったマヤが、諌山兄妹に目を向ける。
「ああ。日野森さんの悲鳴だ」
「あの人があんな声を上げるなんて只事じゃないですよ! 早く助けに戻らなきゃ!」
エレンなら、多少、相性が悪くても、どうにかなると思っていた。
しかし、今の悲鳴を聞く限り、状況は悪い方へと転がっているようだ。
助けに戻るか、このまま進むか。
数秒間、ソウが判断を迷っていると、それはどこからともなく現れた。
「……マジかよ」
ソウたちが身を隠していたコンテナの周りを、何十人ものシュウジが包囲していた。




