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――危ない!
そう声を上げるより先に体が動いていた。
メイを飲み込もうとしていた得体の知れない何かに向かって、一瞬で肉薄したエレンは、渾身の力を持って平手打ちを敢行した。
「――――っ⁉」
バッチーンッ‼ と水面を掌で叩いたような音を何十、何百倍にもしたような破裂音が鳴り響く。
その音に全員が耳を押さえる中、エレンだけは掌に感じた奇妙な感覚に眉を顰めた。
確かにそこに何かが居た。
だが、生じた音に比べて、まったくと言っていいほど手ごたえが感じられなかった。
「な、何ですか、今の!?」危機を救われたメイが声を上げる。
「日野森さん、何があった!?」
「多分、敵です。メイさんを飲み込もうとしていました」
「メイを!?」
「はい」
「で、でもやっつけたんでしょ?」
「いいえ」マヤの問いにエレンは自分の掌を見て答える振る。「何か手応えがまるでなくて。ぶよぶよした変な感触はしたんですけど」
「何それ?」
「分かりません。私が見たのは、まるで水の塊みたいなのがメイさんを飲み込もうとしている所でした」
「水を操る能力者でしょうか?」
メイがエレンに尋ねると、「違うよ」と、それまで黙っていたミツキが口を開く。
「あれは自分の姿形を変えることが出来るタイプの能力者だね」
そう断言するミツキに、「どうしてそう思うの?」とマヤが怪訝そうに尋ねる。
ミツキもSVの一人である以上、相手の素性を知っていてもおかしくない。
だが、そんな情報はシオンからも彼女の記憶を読み取ったマヤからも出て来ていない。
だとすると、考えられる理由は一つだけ。
「相手の情報を読み取ったのね?」
ミツキは能力で生み出した見えない手で触れた対象の身体的情報を読み取ることができる。その能力で今、攻撃をして来た相手のことを調べたのだろう。
エレンの問い掛けに、「正解」と答えたミツキは、握っていた掌を開いて見せる。
そこにはピンポン玉くらいの楕円形をした液体が形状を崩さずに揺れていた。
「何これ?」
「さっきメイを襲った奴の体の一部だよ。お姉さんにやられてバラバラに飛び散った時、咄嗟に回収したんだ。こいつ、こともあろうに僕のことまで飲み込もうとしたんだ。許せないよねえ」
そう言いながら、ミツキが掌に乗っていた液体を握りつぶそうとした。
「待ちなさい! それ、シュウちゃんの体の一部じゃないでしょうね?」
「違うよ。こいつの身体的情報を読み取ったけど、四十代の男性のものだったから」
ミツキがそう答えた時だった。
彼女の掌に乗っていた液体がみるみる形状を変え始め、やがて誰かの右耳が姿を現わした。
「うわっ! 何だよ、これ。気持ち悪い!」
えいっと、ミツキが耳を放り投げる。
すると、その耳はアスファルト面にぶつかると同時に再び液体に姿を変えて、コンテナ隙間に入り込んで行った。
「どうやら、ミツキちゃんの言っていたことは本当の様ね」
「そうですね、お姉様。本当に、あんな風に体の形状を変えることが出来るなんて……」
「いえ、違うわ。私が言っているのは、あれがシュウちゃんではなかったってこと」
「え? いえ、でも、あんな耳だけ見ても分かる訳が……」
「耳だけ見れば十分でしょ?」
「…………そ、そうですよね」
耳の形は一人一人違うと聞いたことがある。
でも、あの一瞬で、弟の耳と区別がつくのだろうか?
……つくんだろうな、マヤさんなら。
エレンがそんなことを考えていると、微かに空気の流れが変わるのを感じた。
「危ないっ!」エレンが咄嗟にミツキの襟首をつかんで後ろに引っ張る。
「ぐぇっ!?」
首の締まったミツキがカエルのような声を上げると、彼女が隠れていたコンテナに穴が空いた。
「……また、外したか。勘のいい娘だ」
その声のする方に目を向けると、今度ははっきりと相手の姿を見ることが出来た。
間違いない。前回のループでシュウジを誘拐した二人組のうちの一人。
淀んだ瞳と無精髭を生やしたその男は、「忌々しい」と吐き捨てると、エレンを睨みつける。
「どうやら、あいつが言う通り、お前を真っ先に殺らないといけないようだ」
男がそう言った直後、彼の体から特大の針が浮かび上がる。
それは、銃弾よりも速く、刃よりも凶悪な殺意を持ってエレンに襲い掛かって来た。




