90
倉庫街に着いた頃には、すでに日は完全に落ちていた。
元々、人の往来が少ないその場所では、夜の薄闇と相俟って波の音が異様に耳に響いた。
その音を聞きながら、エレンたちは、コンテナの陰からシュウジが入って行った倉庫の様子を窺った。
「あの倉庫の中に、シュウ君が居るの?」
マヤの囁く様な声に、「はい」とエレンが頷く。
「前回のループと同じ倉庫ですし、間違いありません」
それを聞くと、マヤが耐え切れなくなったように足を踏み出そうとした。
「マヤさん、待って!」
「何?」エレンの制止に、マヤが苛立った声を向ける。「何で止めるの?」
「すみません。でも、何か変な感じがして……」
「変な感じ?」
「はい。何て言うか……、さっきから誰かに見られているみたいな……」
エレンがそう答えた時だった。
倉庫の中で一瞬、眩い光りが弾けたかと思うと、夜闇の中から何かが飛んで来るのが見えた。
パシッ!
「何だろう?」飛んで来た何かを掴んでエレンが言う。
「どうした?」
「いえ、あの倉庫の中から何かが飛んで来て……」ソウに聞かれて、エレンはその手に掴んだものを皆に見せる。
「……え? こ、これ、あれだよね? 銃弾?」
「そうですね」
「え、どゆこと? 何でそんなものを日野森さんが持ってるの?」
「いえ、だから、あの倉庫の方から飛んで来たんです」
「飛んで来たって……。じゃ、じゃあ、何? 君は銃弾を素手でつかんだってこと?」
「はい」
「…………、すぅ」自分を落ち着かせるようにソウが深呼吸をする。「待て、落ち着け。日野森さんが非常識なのは今に始まったことじゃない」
「そうですよ、兄さん。考えても無駄です」
何だか、大変失礼なことを言われた気がする……。
だが、今はそんなことより、あの倉庫から銃弾が飛んで来たということが気になる。
先程の弾道は、間違いなくエレンを狙い撃ったものだった。
「そういえば、前回のループでも、エレンは銃で撃たれたことがあったよね?」
「はい」
あの時、シュウジを誘拐した男に銃を向けられたエレンは、超人的な動態視力を持って銃弾を躱した。そして今回もまた、自身に銃が向けられた。とても偶然とは思えない。そう考えたのはマヤも同じだったようで、エレンが口を開くより先に答えを言った。
「多分、あの中には、シュウ君のほかにもイレイザーズが居る」
「だろうな」と、ソウが頷く。「でも、どういうことだ? どうして向こうは、こちらの居場所が分かった?」
ソウが疑問を口にすると、一拍おいて全員の視線がある人物に向けられる。
「……え、何? 何でみんな僕のこと見てるの?」
現状、情報漏洩の可能性があるとしたら、ミツキ以外に考えられない。だが、当のミツキは自身に向けられた視線に困惑した表情を浮かべている。これが演技であれば大したものだが……。
「ううん、ミツキちゃんは、うちらを裏切ってはない」ミツキの思考を読み取ったマヤがそう告げる。
「だとしたら、向こうのイレイザーズの能力でしょうか?」
「多分な」メイの言葉にソウが頷く。「何にしても、ここから早く移動した方が良い」
「……どうやら、向こうにも厄介な能力者がいるみたいだな」
ソウが、眉間に皴を寄せながらそう言った時だった。
「せいかーい」と、頭上から声が聞こえて来た。
その声に全員が一斉に顔を上げる。
しかし、そこには誰の姿も見当たらない。
それはエレンの目を持ってしても同じだった。
どうして?
確かに声が聞こえたはずなのに……。
エレンはくまなく周囲の警戒したが、どこにも敵の姿は見当たらない。
それでも、何かが近くに潜んでいるという感覚だけはあった。
だから、エレンは咄嗟に目を閉じた。
視覚ではなく、微かな物音や空気の流れを感じるために。
そして、気付いた。
エレンたちの後方。
得体の知れない何かが大きく広がり、最後尾にいたメイを呑み込もうとしていた。




