89
日が沈みかけた頃、エレンたちは港の近くにあるファミレスに集合することになった。
エレンはファミレスに向かう途中のコンビニで飲み物を買うと保冷ボトルに入れ替える。
疲労そのものは大したことはなかったが、真夏の日差しの下では、喉の渇きはいかんともし難かたく、今日はもう何度も同じことを繰り返していた。
エレンがファミレスに到着すると、すでに全員が集まっていた。
集合したそのファミレスは、エレンが指定した場所だった。
高台になっているその場所からは、ちょうど事件が起こる倉庫街を一望することが出来た。
事件が起きるまでは、まだ時間があった。
本来ならその時間を打ち合わせに使うべきなのだが、昨日からの捜索活動で疲労が溜まっていたおかげで、ファミレスに入ってから、まだ誰も口を開いていなかった。
その沈黙を、「どうして?」という声でマヤが破った。
「どうして、シュウちゃんは見つからないの?」
マヤらしくない弱気な声だった。だが、それも仕方のないことだった。マヤが弟のシュウジをどれだけ溺愛しているかは、そこに居る誰もが――新参者のミツキでさえ――よく分かっていた。
シュウジの行方が分からない以上、エレンたちに出来るのは、事件が起きる時間までこうして待機していることだけだった。
捜索中はあれだけ時間が足りないと感じていたのに、こうしてただ待つだけになると、今度は途端に時間が経つのが長く感じられた。
「……はあ」ソウが長く息を吐いた。「気を揉んでいても仕方がないな。こうなってしまった以上、作戦を変えるしかない」
「作戦って……。何かいい案があるんですか、兄さん?」
「いいや」とシュウジが首を横に振る。「ただ、これまでの流れと同じなら、あの倉庫街に三人のSVが現れるのは間違いない。……だよね、日野森さん?」
「え? あ、そ、そうですね」自分に振られると思っていなかったのか、エレンが慌てた様子で返事をする。
「SVが三人……。正直、考えたくないシチュエーションですね」小さな声でメイが言う。「しかも、その内一人がお姉様の弟さんなんて」
「だから、優先順位を決めよう」
「優先順位、ですか?」
「そうだ。分かっていると思うけど、今回ばかりはこれまで見たいに上手く行く保証はない。だから、誰を助けるべきなのか、今この場で決めておく」
「そんなの弟さんに決まってますよね? そもそも、他の二人は犯罪者なんですし、助ける理由がありません」
「うん。俺もメイと同意見だ。だから、後はどうやって、シュウジ君のイレイザーズ化を無力化するかなんだけど……」シュウジはそこまで言うと、ミツキの方を見る。「なあ? 次に現れるSVがどんな能力を持っているか心当たりはないのか?」
「え? そんなの知る訳ないじゃん」いつの間にか運ばれてきていたクリームソーダをストローで啜りながらミツキが答える。
「だよな。まあ、期待してなかったけど」
「あ、でも、僕より強い奴が出て来る可能性は、半々くらいになるのかな?」
「は? 何で? その根拠は?」
「だって、僕、13人いるSVの中じゃ、上から五番目に強いみたいだし」
「え、マジか?」
ソウがマヤに目を向けると、気のない返事が返って来る。
「あー、何かそうみたい。序列って言うの? そういうのがあるんだって」
先日、マヤはミツキの記憶を覗いている。
その中には、今、ミツキが言った情報も含まれていた。
「いや、そういう大事な情報は、前もって教えておいて欲しかったんだけど」
「ごめん……」
いつになくしおらしい様子でマヤが答える。
そんなマヤを見て、メイがソウを睨みつける。
「兄さん! 今のお姉様にあまりきついこと言わないで下さい」
「メイちゃん、いいの。うちが悪かったし」
「お姉様……」
「……そうだよね。諌山君って、中二病だし。そういう序列第何位? みたいなの大好きだもんね」
「違うよ!? そんな理由で教えて欲しかったわけじゃないからね」
「分かってるし。ちょっと、からかってみただけ……」マヤはそう言って少しだけ笑顔を見せると、その場で小さく頭を下げる。「皆、ごめん。うち、シュウちゃんのことになると周りが見えなくなって……。思っていたより病んでたみたい」
「そんなことないです、お姉様。大事な弟さんが危険な目に遭っていれば、気落ちするのは当然です。ねえ、日野森さん?」
「あ、は、はい。そうです、そうです! 全然気にしないで下さい」
「ありがとう、二人とも」そう二人に礼を言ったマヤは、ソウの方に顔を向ける。「それで、諌山君。この後についてだけど――」
マヤがそう言い掛けた時だった。
窓の向こうに見える倉庫街に、エレンは見覚えのある人影を見つけた。
「あ、シュウジ君?」
「え!? シュウちゃん!? エレン、シュウちゃんを見つけたの?」
「は、はい。さっきから、事件が起きるはずの倉庫を見ていたんですけど、そこにシュウジ君が入って行くのが見えました」
「流石、エレン!」
「日野森さん、ぼうっと外を見ていると思ったら、倉庫を監視していたんですね!」
「倉庫に入って行ったのはシュウジ君だけか?」
「はい。私たちがこのファミレスに入ってからは、シュウジ君以外の人は見られませんでした」
エレンの返事を聞いて、シュウジが深く頷く。
「……これはチャンスかもな。予定していた時間にはまだ早いけど、奴らに先手を打てるかもしれない」
ソウの言葉に、マヤが立ち上がる。
「行こう!」
いつものよく通る声でマヤが言った。




