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マヤが能力を使っていたのは、時間にして十数秒程度のことだった。
ただ、その間に只事ではないことが起きていたのは、マヤの様子から明らかだった。
瞬き一つしない瞳から血の涙が流れ出したマヤを見て、エレンはすぐにマヤに能力を使うことを止めさせようとした。しかし、ちょうどそのとき、大きく息を吐き出しながら、マヤがこちらに帰って来た。
「あー、疲れた」
何事もなかったかのようにそう言ったマヤは、瞳から流れる赤い滴を見て、「うわっ、最悪」と言った。
「化粧落ちるじゃん」
いや、そういう問題じゃない。
「マヤさん、いきなり無茶なことしないで下さい!」
「ごめんて、エレン」軽い口調でマヤが謝罪を口にする。「そんな怒らんでよ」
「いや、今のは日野森さんが正しいって。俺も、まさかいきなりあんな無茶するとは思わなかった」
「んー、別に無茶ってわけでもないんだけどね。それに最近、イレイザーズを無力化をするようになってから自分の限界的な奴? 何となく分かって来たし」
「だとしてもです! こっちにだって、心の準備ってものがあるんですから!」
「え、何? 皆、おこなの? うち、結構、頑張って来たんだけど」
「そういう問題じゃないと思います」
それから三人にしこたま絞られた後、マヤはミツキの中で見て来たことを話し始めた。
「結論から言うと、イレイザーズについては何も分からなかった」
「そうですか……」
まあ、そんな簡単に敵の正体が分かるなら苦労はない。
ソウとメイも同じように思ったのだろう。
大きな落胆の色は見せなかった。
だが、続けて告げたマヤの言葉に全員が目を丸くした。
「あ、でも、聞いて聞いて! うち、ミツキちゃんの中で、女神様に会ったんよ」
「へえ……」
「女神様ですか。それは、ぜひ私も会ってみたいですね」
「だな……。……は!? え? 女神様!? マジで!?」
「諌山君、食い付き過ぎ。ウケる!」
「いや、そりゃ食い付くだろ! 女神って、あれだろ? 日野森さんが転生した時に会ったっていうあの?」
「そう、あの女神様」
「……ど、どういうことですか?」困惑した様子でメイが尋ねる。「どうしてイレイザーズの記憶の中に女神様が現れるんですか?」
「さあ? 何かよく分からんけど、手違いがあったっぽい。イレイザーズの失策のせいとか、そんなこと言ってたし」
「イレイザーズの失策? 何だか、その言い方だと、イレイザーズとその女神様が繋がっているようにも聞こえますが? どうなんですか、お姉様?」
「その辺については答えてくれなかったんだよね。ああ、でも、あの女神様、エレンのこと覚えていたよ。結構、心配していたっぽい」
「はあ、そうですか。まあ、それはどうでもいいです」
「塩対応だし。女神様、不憫」
「当たり前です。そんなことより、彼女から他に何か聞けたことはないんですか? ……例えば、このループからの抜けだし方とか」
「それな。うちも、それを聞いてみたんだけど、答えてもらえなかった」
「そうですか……」
「でも、うちがループから抜け出し掛けたことがあるとも言ってたよ」
「はあ!? ど、どういうことですか、それ!?」マヤを押し倒さんばかりの勢いでメイが言う。「お姉様、どうやってこのループから!?」
「メイちゃん、近いって! うちもその辺のことがよく分からないんよ。自分がループから抜け出し掛けたなんて、そんな記憶どこにもないし……」そこまで言い掛けて、マヤが首を捻る。「記憶? あれ、だったら、行けんじゃね?」
「お姉様? どうしたんですか?」
「ああ、うん、ちょっとね」マヤはそう答えると、ポーチの中を漁り出す。「あ、あった!」
「ん? なんだよ、手鏡なんて取り出して……。ああ、そういうことか」
「え? 兄さん、何か分かったんですか?」
「ああ。多分、斉木さんは、自分の記憶を読み取ろうとしているんだ」
「そゆこと。ってわけで、うち、ちょっと自分探しの旅に出て来るから」言うが早いか、マヤが手鏡の中を覗き込む。
「あ、ちょっと、マヤさん!」
さっき怒られたばかりなのに……。
エレンが頭を抱える。
すると、すぐにマヤの口から、「え、マ? これマジヤバイ!」と声が零れた。
「ねえ、みんな、聞いて。うち、すごいことに気付いた!」
「どうしたんですか、お姉様!? もしかして、本当にループからの脱出方法が?」
「自分で自分の記憶を読むと、今まで忘れていたことをはっきりと思い出すことが出来るんよ。この能力があれば、テストとか余裕じゃね?」
確かにそれはすごい。
すごいが、今はそこじゃない。
「あの、マヤさん。それで、ループの脱出方法の方は?」
「ああ、それは全然、分からんかった。っていうか、うち、いつループを脱出し掛かったんだろ?」
「俺たちが聞きたいよ……」
「お姉様、空気読んで下さい……」
ガチ目に凹む諌山兄妹。
それを見て、マヤが気まずそうに頬を掻く。
「……な、なんかごめん」
◆
結局、ミツキの記憶からは大した情報は得られなかった。
むしろ謎が更に深まった感さえある。
そうなると、残る問題は――。
「――こいつ、どうする?」
ソウの言葉にミツキの肩がびくんと跳ね上がる。
現状、エレンたちにとってミツキの利用価値はほぼゼロに等しい。いや、敵を手元に置いておくリスクを考えるとマイナスにしかならない。ソウは速やかにマヤの能力で無力化することを提案した。
「私はもう少し様子見をした方がいいかと……。もしかしたら、他にも何か情報が引き出せるかもしれませんし。お姉様はどう思いますか?」
「うち? うちはみんなに任せる。ぶっちゃけ、能力使い過ぎてちょっと疲れたし」
「じゃあ、日野森さんは?」
「私は……」
こういう集団の方針を決める際に意見を求められるのはエレンがもっとも苦手な所だ。リスクを考えればソウの言う通り無力化一択なのだが、ミツキの記憶からは女神と接触ができたという実績もある。それを軽視してもいいものだろうか。メイの言う通り、もう少し様子を見てもいい気もする。
この場合、どうしたら……。
持ち前の優柔不断を発揮してエレンが懊悩していると、それまで黙っていたミツキと目が合った。
その顔は、まるで死刑宣告を待つ囚人のような様相だった。
困ったな……。
明確な意見が出せず、エレンは下手くそな笑顔でその場を取り繕う。
それを見たミツキが、「ぴぎぃっ!」と声を上げる。
「……あれ? どうしたんだ、こいつ?」
「気を失ってますね」
「あー、ははは」
その後、エレンの近くに置いておけば悪さはしないだろうということになり、ミツキは日野森家で預かることになった。マヤの見立てでは、完全に戦意を削がれた今のミツキには、エレンに反抗することはあり得ないとのことだった。ただ、それでもミツキにはソウの能力で、脱走を試みると出会った人間がすべてエレンに見えるという暗示が掛けられた。
その事実をエレンは翌日の朝、自宅前の通りから響いて来たミツキの絹を裂く様な悲鳴によって知ることになる。




