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「――厄介なことになったね」
暗闇の中で男の声が響いた。
それに同調するように、「だねえ」と、別の誰かが口を開く。
「まさか、この短期間に同胞が二人もやられるなんて」
まだ幼さの残る少年の声。
だが、発した言葉とは裏腹に、その口調はどこか楽しんでいるように聞こえる。
それに気付かない振りをしながら、「仕方ないさ」と男は言った。
「何せ、一人は器が赤子だったんだから」
「たしかに。でもさあ、あの子も僕たちの中じゃ、特殊な役割を担っていたんでしょ? 大丈夫なの? この世界の維持に影響が出たりとか?」
「どうだろうね。俺もあの赤子の役割については、何も聞かされてなかったし……」
「シオンちゃんなら知ってるかな?」
「多分ね。でも、彼女のことだから、知っていても教えてはくれないんじゃないかな」
「秘密主義者だもんね、彼女」声の主はそう言うと、小さく嘆息を吐く。「それより、問題はあの筋肉馬鹿だよ。いくら何でも油断し過ぎ」
吐き捨てるようなその声には、明らかに侮蔑の色が滲んでいた。
この子が敵愾心を露わにするのは珍しい。
それだけあの『渡良瀬リョウ』という男に問題があったということなのだろう。
「そういえば、君は彼のことがあまり好きじゃなかったね?」
「うん。っていうか、普通に嫌い。だって、あの人、偉そうなんだもん。大して強くもないくせにさ」
子供らしい物言いに、男は思わず苦笑する。
「まあ、それについては同感だけど」
「でしょ?」
「ああ……。ただ、あんなのでも、一応は我々の同胞なんだ。例え相手が能力者だとしても、そう簡単にやられるはずはないんだが……」
「それだけあのお姉さんが規格外だってことだよ!」
「嬉しそうに言わないでくれ」
呆れ混じりに男が言った時だった。
すぐ近くでパチンと音が聞こえたかと思うと、突然、暗闇が光に包まれた。
照明に照らされて現れたのは、どこかのアパートの一室。
誰かの仮住まいなのか、その部屋にはベッドと備え付けのエアコンがあるだけで、ほかには家具らしいものはほとんど見当たらなかった。
ベッドの上には、SVのレイが寝転がっており、部屋の真ん中にぽつんと敷かれたクッションには、同じくSVのトーマが胡坐をかいて座っていた。
「何をしているんだ、お前たち?」
レイとトーマにそう話し掛けたのは、今しがた部屋の照明を点けた女性だった。
病的な白い肌と対照的な濡れ羽色の長い髪、気怠そうにした目の下にはうっすらと隈が浮かんでおり、見るからに不機嫌そうな表情を浮かべている。
もっとも彼女の場合はそれが平常運転であり、機嫌の良いときなどトーマは一度も見たことがなかった。
宇布見シオン。
彼女は四人目のSVであり、今日は朝からレイに呼ばれてこの部屋にやって来ていた。
「あ、シオンちゃん、やっと来た」
「遅れて悪いな。朝は苦手なんだ」気だるげにシオンが答える。
「別にいいよ。それよりも、何で明かりを点けちゃったの? せっかく秘密組織ごっこをしてたのに!」
レイにそう言われたシオンは、視線だけをトーマに向ける。
「何を言っているんだ、この子は?」
「俺に聞かれてもね。この方が雰囲気が出るからって、レイ君が言うからさ」
自分で聞いておきながら、シオンは関心なさそうに話を切り替える。
「それで、私はどうして、こんな所に呼び出されたんだ?」
「うん、それなんだけどさ。この前、シオンちゃんが処分した人のことを教えて欲しいと思って」
「この前? ……ああ、田邊とか、関口とか言う五月蠅い奴のことか?」
「欠片もあってねえし」と、トーマが言う。
「覚える意味がないからな」シオンはつまらなそうに答えると、レイに目を向ける。「で? あの男の何を知りたいんだ?」
「何って言うか、どうして処分したのかなって。あんなのだって、まだ使い道はあったんじゃない?」
無邪気な顔で毒を吐くレイに対し、「いいや」とシオンが首を振る。
「あれはもう、SVとしては終わっていた。能力はおろか、その記憶さえ完全に消去されていたんだから」
「え……?」
「能力を……、いや、記憶までって……。そんなことが出来る人間が居るわけが……」
シオンの返事に、レイとトーマは揃って表情を硬くする。
ただ仲間がやられた訳ではない。
敵の中に、自分たちを完全に無力化出来る存在が居る。
こんなことは、長いループの中でも初めてのことだった。
「ねえ、それってヤバくない?」
「ああ、ヤバい。これは、お前たちが考えているよりもずっと深刻な状況だ。久方ぶりに歯ごたえのある奴が現れた。……そんな認識を持っているのなら直ちに改めた方がいい」シオンはそう言うと、懐から取り出した煙草に火を点け一服する。「……最悪、我々が全滅することだってあり得るそ」
「それはダメだよ!」レイがそう発した瞬間、部屋中が一瞬にして凍りついた。「僕たちが居なくなったら、一体誰がこの世界を守るのさ!?」
「落ち着け、馬鹿者」火の消えた煙草を恨めしそうに見つめながらシオンが言う。「この程度のことで浮足立つな」
「……ご、ごめん」しゅんとした様子でレイが答える。
珍しく年相応の態度だ。
それを見て苦笑を浮かべたトーマは、「まあ、仕方ないさ」と口を開く。
「こんなこと、前代未聞なんだ。俺だって動揺してる」
「自覚があるならいい。この状況を正しく理解し始めている証拠だからな」
二本目の煙草に火を点けるシオンに、トーマが大袈裟に肩を竦める。
「っていうかさ? お前って、どうしていつもそう上から目線なの?」
「ん? 言っている意味が分からないな。私の方がお前たちより優れているのだから、何もおかしなことはないだろう?」
「へえ……。たかが回収屋風情が偉そう言うじゃねえか?」
トーマの眼光が鋭くなり、俄かに部屋の温度が熱くなる。
部屋中の氷が溶け出し、それは瞬く間に蒸気へと変わって行く。
まるでサウナのような有様になった部屋を見て、シオンが呆れたように息を吐く。
「無暗に能力を使うな。お前はこの部屋を電子レンジにでもするつもりか?」
「いいね、それ。いっそ、お前の血液も沸騰させてやろうか? そうしたら、その能面見たいな面も、少しは感情豊かになるんじゃないか?」
「馬鹿らしい」そう言って、シオンが煙草の煙を口から吐き出す。「だが、ちょうどいいかもしれないな。私に喧嘩を売るような愚か者は、ここで始末してしまった方が後のためだ」
「……あ、これ、マズいかも」
一触即発の空気を察したレイが、流れるように窓の外へと出て行く。
その直後、市内のとあるアパートの一室からとんでもない爆発が起こった。




