78
諌山兄妹のひと悶着から二日後。
エレンたちは、電車に揺られて隣の県へと向かっていた。
早めに家を出たおかげで、まだ電車の中は込み合っていない。
向かい合わせになった二人掛けのシートには、エレンとマヤ、ソウとメイがそれぞれ座っている。
「――今回は、随分と遠くまで行くんですね?」
移動時間の中、メイが誰ともなくそう言うと、「それな」と、マヤが頷く。
「前回のループの時に、うちもカレン姉に同じこと言ったわ。そしたらカレン姉、人助けに国境はないの! とか、訳わかんないこと言ってさ」
「ありましたね、そんなこと」遠い昔を思い出す様にエレンが頷く。「でも、たしかあの時は、遠くまで足を運んでおいて、人助けに要した時間は、ほんの数分くらいだったような……」
「ああ、そういえば、そうだったね。時間配分的に、観光がメインで、人助けがおまけみたいになったんだっけ?」
「観光ですか?」
「そうそう。温泉地でレトロな感じのお店もたくさんあったよ」
「へえ、温泉ですか……」
「時間が余ったら、寄って行こうか?」
「いいんですか!?」
メイが嬉しそうに声を上げると、その隣でソウが釘を刺す。
「おい、二人とも。遊びに行くわけじゃないんだぞ?」
「あ……、はい。そうですよね」
「ちょっと、諌山君。空気読もうよ? メイちゃん、しょんぼりしちゃってるじゃん」
ソウの隣に目を向けると、たしかにメイがしゅんとした様子で項垂れている。
それを見て、エレンがメイに尋ねる。
「……お、温泉、好きなんですか?」
「いえ、温泉が特別好きな訳じゃなくて……。ただ、このループに巻き込まれてから、ずっと同じことの繰り返しでしたから。よく考えたら、今回みたいに旅行っぽいこともしたことがなかったなあって思って……」
苦笑を浮かべながらメイが答える。
先日の一件から、エレンに対するメイの態度が、少しだけ軟化したような気がする。
少なくとも、以前のメイならこのようにエレンに笑顔を向けることはなかった。
そのことをエレンが少しだけ嬉しく感じていると、隣でマヤが口を開いた。
「甲斐性なし」
「は? なにそれ、俺のこと?」
「他にいないでしょ? こんな可愛い子にずっと我慢させておいて。偶にはお兄ちゃんらしいことして上げたら?」
「ぐぅっ……」
気にしていたのか。
マヤの言葉は、思いの外、ソウにダメージを与えている。
「なに? 言い返せないの?」
更に煽るマヤに対し、ソウは頬を引き攣らせながら、時間が余ったらという条件付きで、メイと他二名を温泉へ連れて行ってやると言った。
「はい、言質とりました!」
そんな二人の様子を見ながら、エレンは身を乗り出すとメイに小声で話しかける。
「あの二人、何だか仲が悪くなってないですか?」
「いえ、あれはどちらかというと良くなって来ているんじゃないかと」
とてもそんな風には見えないけど……。
「良かったね、諌山君。可愛い女の子たちと一緒に温泉だよ?」
「べ、別に、喜んでないし……」
メイの言う通り、ソウをからかうマヤはとても楽しそうだった。
その様子を眺めていると、少しずつ瞼が重くなってくるのを感じた。
朝、早かったからかな?
そんなことを考えていると、隣に座っていたマヤに腕を突かれた。
「どしたん、エレン? 眠いの?」
「え、ええ、ちょっと……」
「実はうちもなんよね」
「おいおい、二人とも大丈夫かよ?」
「そう言う諌山君だって、さっきから欠伸をかみ殺してるじゃん」
「うっ、それは……」
「まあ、目的の駅までまだ時間もありますし、軽く仮眠を取って起きませんか?」
メイの提案に、「さんせー」とマヤが答える。
「一応、スマホのアラームをセットしてっと……」
「音は鳴らすなよ?」
「言われなくても、分かってますー。ちゃんとマナーモードにしているし」マヤはそう言うと、アラームをセットしたスマホを胸の上にポンと置いた。「じゃあ、おやすみ~」
そこに乗せるんだ……。
便利だなあと思いながら、エレンがマヤの胸元を見ていると、「兄さん?」と正面からメイの声が聞こえた。
「何、見てるんですか?」
あ、これ、笑っているのに笑ってないときのメイさんの声だ……。
修羅場に巻き込まれたくなかったエレンが目を閉じると、隣のマヤの肩が小刻みに震えているのを感じた。
この人、本当にいい性格している……。
そんなことを考えながら、やがてエレンは心地よい微睡みの中へと落ちて行った。
※
結果として、今回の人助けもといイレイザーズ討伐は、あっさりと達成することが出来た。
「まあ、当然だよね。……だって、赤ちゃんだったし」帰りの電車の中、マヤが思い出すように言った。
今回の目標は、マヤの言う通り赤ん坊で、これまでと比べて難易度は明らかに低かった。
不安だったのは、これまでの様に周囲の人間がイレイザーズとなって襲って来るパターンだったが、今回に限ってはそんなこともなかった。
「でもイレイザーズ化はしていたんだろ?」
「うん。ただ、自我みたいのはなかったかな。おかげで、イレイザーズの記憶を消すのに、うちの負担もほどんどなかったし――」
そこまで言って、マヤは自分の手をじっと見つめると、首を傾げ、何か考え込むような表情を浮かべた。
「マヤさん? どうかしました?」
「ん? ううん、何でもない。それより、良かったじゃん。ゆっくりと温泉にも入ることが出来たし」
「ええ、それはたしかに。美味しいものもたくさん食べられましたし……。でも、兄さん、良かったんですか? 私の分まで出してもらって?」
「気にしなくていい。斉木さんの言う通り、このループに巻き込まれてから、お前にはろくに気分転換もさせてやれてなかったからな。これはその埋め合わせだ」
「へえ、何だか殊勝なことを言うじゃない。でもその割には、顔色が優れないみたいだけど?」
「それは君たちが、いつまで経っても温泉から出て来ないから」
「ああ、そっか。それはごめんね」
「いや、まあ、別に分かってくれたんなら――」
「うちらを待ってる間、悶々としちゃったんだよね?」
「してねえよ!」
「兄さん?」
「メイ、お前も真に受けるな!」
そんなマヤたちのやり取りを見ながら、「あはは……」とエレンは苦笑する。
……あれ?
そういえば、今回、私、何もしてなくない?
っていうか、気が付いたら、帰りの電車に乗っていたような気さえするし……。
「どしたん、エレン? 難しい顔して?」
「あ、いえ。ちょっと疲れただけです」
「ああ、たしかに電車の移動って地味に疲れるよね」
「……そう、ですね」
曖昧な笑みを浮かべたまま、エレンはそう答えた。




