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5話 勇者は注意事項を知る

 見渡すかぎりの草原。

 伸びた芝生は、靴の半分ほどの高さがある。


(ここで昼寝でもしたら、さぞ気持ちいいんだろうな)


 さわやかに吹き抜ける風も相まって、なおさらにそう思う。


「まあ、額から鋭い角を生やしたウサギの群れがいなければ……だけどな」


 角は一本のやつもいれば、二、三本生やしたのもいる。

 オスメスの違いなのか、成長過程で増えるのかは謎だが、急に現れたおれを、完璧に敵としてロックオンしている。

 それだけは間違いない。


「おいおい。景色が変わっただけで、なにも変わってねえじゃねえか」


 グチるおれを尻目に、ウサギの群れが飛びかかってきた。


(短気なやつらだな)


 などと嘆息する余裕はある。

 修行の間で対峙した獣より弱そうだからだろうか?

 問答無用で死地に送り込まれたからだろうか?

 どちらも違う。

 なぜなら、どちらも正解だから。


「くらえ! 風波斬(ふうはざん)


 人目がないのをいいことに、おれは勇者っぽく必殺技名を叫びながら、ウサギたちを一刀両断した。


(イイ。なんかおれ、カッコイイ気がする)


 おっさんとはいえ、こういうのには憧れてしまう。


「風波斬。ぷぷっ、いい名前ですね」


 サラフィネの小馬鹿にした声が聞こえた。


「もう殺せ! おれを楽にさせてくれ!」


 羞恥心が爆発したが、肉体的ダメージはゼロだ。


「転移前に言いましたが、わたしは異世界に干渉できません。ですので、それは無理な相談です」

「じゃあ、なんで会話できてんだよ!? これだって十分な干渉だろ」

「今回は特例です。最初の転移直後のあなたとだけなら、ギリセーフです」

「基準を教えろよ。基準を」

「申し訳ありませんが、本当に時間がありません」


 サラフィネの声には、切迫したものがある。

 茶化している場合ではないのかもしれない。


「お伝えしたい注意事項があるのですが、口頭で伝える時間がありません」


 いまもサラフィネの声は、少しずつ小さくなっている。


「真っすぐ進んだ先にある森の中央に泉があります。そこに使い魔を派遣しました。青い鳥の姿をしていますので、すぐに合流してください。では、健闘を祈ります」


 電話が切れるようなブツッという音がした。


「だから言ったじゃねえかよ。準備不足だって」


 おれは間違っていなかった。


「ごめんなさい。ぐらい言ってもいいんじゃないか? ええ!? サラフィネさんよ」


 催促にも返事がない。


「バ~カ、ブ~ス、性格ブ~ス」


 油断できないので、悪口も言ってみた。

 言い返してこないということは、本当に干渉できないのだろう。

 とはいえ、こちらを伺うことは出来るようだから、言動には注意したほうがいい。


(いや、それよりもアレだな)


 注意事項のほうが気になる。

 異世界人であるおれには、ここでの常識や価値観がわからない。

 旅をするにしても、これはかなりのマイナスだ。

 それを危惧したサラフィネが、チュートリアル的なものを用意してくれたのだろう。

 報告(ホウ)連絡(レン)相談(ソウ)は社会人の常識だが、意外と抜けてしまうこともある。

 そうなったときに大事なのが、リカバリーだ。

 問題があることを早急に理解し周知することができれば、対応はスムーズに行える。

 そして、いまがまさにその場面だ。


(これからチュートリアル的なものがあるからこそ、サラフィネは早々に異世界へ送り込んだんだろうな)


 そう信じ、おれは指定された森の中にある泉にむかった。



 なんてことのない場所だった。

 透き通った泉ではあるが、狭いし底が浅い。

 正直、前もって言われなければ、ここを泉とは認識しない。

 より適切な表現をするならば、小さな湧き水だ。

 エルフとか森の美女が水浴びをしているところに偶然出くわす、みたいなラッキースケベを期待していたわけじゃないが、これでは無理だ。

 くるぶしぐらいまでしかないここで水浴びをしているやつがいたら、そいつは問題を抱えている。

 もしくは、精神的に病んでいる。

 そう断言していい。


 チュンチュン


 さえずりながら、一羽の小鳥が泉のふちに降り立った。

 くちばしを数度つけた後、羽根を洗うように入水する。


「はははっ」


 笑みが漏れた。

 たしかに、このサイズの小鳥なら、水浴びにも十分な広さと深さだ。

 満足したのか、小鳥が羽ばたいた。

 癒しをもらっていたから、残念だ。

 もう少しだけ、見ていたかった。


 チュンチュン


 小鳥も別れが惜しいのか、おれの肩に止まった。


「おっ、可愛いな」


 撫でようとした瞬間、ボンっと音を立て、小鳥が消えた。


『注意事項

 この世界にとって、あなたはいてはいけない存在です。

 可能な限り他者(人間、魔物、妖精などのコミュニケーションが成立する存在)との接触は避けてください。仮にそれが避けられない状況に陥った場合においても、極力顔を隠し、口をきいてはいけません。あなたが行えるコミュニケーションは、「はい」か「いいえ」の二種類だけです』


 手品のように現れた紙には、そう記されていた。

 恐ろしい制約だ。


「「はい」と「いいえ」だけで生活できるのは、ゲームのキャラだけだぞ」


 いや、それらもコミックやノベライズになれば、ガッツリ喋るのが当たり前だ。

 つまり、「はい」と「いいえ」で成り立つ世界などない。


(ひょっとして……おれはとんでもない世界にぶち込まれたんじゃないか?)


 紙を持つ手が震える。


「んん!?」


 波打ったおかげか、紙が複数枚あることに気づけた。

 早速ページをめく……めく……めく……めくれない。

 紙に変わる前の小鳥が濡れたせいか、書類も所々濡れている。

 サラフィネの嫌がらせなのか、小鳥の起こしたイレギュラーなのかはわからないが、癒された心がささくれ立つのが分かった。


「ああもう!」


 悪態をついてページをめくった。


『紙が濡れているのはわたしのせいではありません』


 初めの一文で破り捨ててやろうかと思ったが、それはできない。


『禁則事項~これを破ると、あなたは消滅します』


 すぐ下にそう書かれていたから。

 唾を呑み、続きに目を通す。


『この世界には、勇者と魔王が現存します。可能性の範疇を出ませんが、勇者は魔王を倒します。

 そして、勇者を支援した王様の娘と結婚し、幸せになります』


 良い話ではないか。

 典型的なハッピーエンドだが、王道とはすばらしいものだ。


『ですが、魔王討伐から数年後、魔王を上回る力を持った大魔王が現れます。

 燃え尽き症候群に掛かり、平和というぬるま湯に浸かりきった勇者ならびにそのパーティーでは、大魔王には勝てません。

 ですから、人知れずあなたが討つのです』


 上手く話が呑み込めない。

 喉に突っかかったなにかによって、窒息死を起こしそうだ。


『お気づきだとは思いますが、二号は大魔王の城にいます。

 これで行かない、という選択肢は無くなりましたし、二号が隠れているガラクタ置き場へは、城内からは玉座の間の隣にある宰相の部屋の隠し通路を通らなければ行けません。

 おわかりですね? 大魔王を倒す以外、二号を回収することは不可能なのです。

 なぜなら、二号の侵入を許したことで、城の警備は強化されてしまったからです。

 現状、誰にも気づかれず、城内からガラクタ置き場に行くのは不可能です』

「ちきしょうが!」


 自分(二号)がやったこととはいえ、おれは紙を引き裂かずにはいられなかった。


「どいつもこいつもちきしょうが!」


 溜飲は下がらないが、ビリビリに破いた。

 これもやらずにはいられなかった。


「バカばっかだ」


 お手上げを示すように、紙を宙に放る。

 ヒラヒラと舞う紙屑が、粒子となって消えた。


「あ~あ」


 おれは大の字に寝転んだ。

 一気にやる気が無くなった。


「もう、どうにでもなれ」


 自暴自棄になるおれの頭上から、真っ白なターバンが舞い降りてきた。


『最後に一つ。

 旅の路銀は自分でどうにかしてください。

 ちなみにですが、魔獣を倒してもお金にはなりません。皮や肉も費用対効果が薄いため、二束三文になればいいほうです。

 大抵はこんなゴミ持ち込みやがって、と嫌がられますし、処分代を請求されることもあります。

 唯一の救いは、美味しくはありませんが、食べることは可能です。

 死にたくなるほどマズイですが、血も飲めます。

 ですから、飢えや渇きとは無縁です。

 P・S

 元気に帰って来る日を待っています。

              サラフィネ』


 手に取ったターバンには、小さくそう書かれていた。

 退路は完全に断たれた。

 ()らなければ()られる。

 そうとわかれば、腹も括れる。

 おれは顔を隠すようにターバンを巻き、泉を後にした。


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