4話 勇者は異世界に転移される
「ふざけんなよ!」
修練の間に入って五分もしないうちに、おれは追い詰められていた。
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
「ピギャアアアアア」
「ドビュッシィィィィィィ」
獰猛な唸り声をあげ襲い来る獣たち。
体長は総じて三、四メートル越えであり、目方も一〇〇キロは下らない。
中にはフランス出身の有名作曲家のような鳴き声のやつもいるが、全員が鋭利な爪や牙をギラつかせて突進してくる。
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
「ピギャアアアアア」
「ドビュッシィィィィィィ」
殺気と一緒によだれも垂れ流している。
「おれを食べても美味しくないぞ」
さいわいにして、修練の間は広かった。
小回りの利くおれは、辛うじて直接戦闘をしないで済むように逃げ回れている。
しかし、体力が底をつくのは、時間の問題だ。
「はあ、はあ、はあ」
息も切れ始めている。
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
「ピギャアアアアア」
「ドビュッシィィィィィィ」
獣たちは元気が有り余っているようだ。
(あれらと戦う? 剣を抜いて?)
殺るか殺られるかの二択であることは間違いないが、そんなこと出来るはずがない。
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
「ピギャアアアアア」
「ドビュッシィィィィィィ」
おたけびを聞いただけで、ひざが震えるほど怖いのだ。
「逃げてはいけません。戦うのです。勇者」
ポポを語るサラフィネがファイティングポーズをとってみせる。
「未来は自分の手で掴み取るモノです。さあ、行け! 行くのです! 勇者」
ボクシングのセコンドよろしく、床をバンバン叩いて鼓舞するが、そんな無責任な言葉に従えるわけがない。
おれは醜く転がりながら、なんとか獣たちの攻撃を躱して距離を取った。
「相手は弱っています。今です」
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
「ピギャアアアアア」
「ドビュッシィィィィィィ」
咆哮する獣たちは、弱っているどころか元気満々だ。
むしろ、おれを仕留められないストレスから怒気が増し、一層興奮している感じすらある。
「あんなものは虚勢にすぎません。ためらわずにやるのです」
「お前がやれよ!」
ジャブ、ストレート、フック、アッパーと流れるようなコンビネーションを披露するサラフィネは、まさに適任だ。
「それは出来ません。今ここであなたの手助けをすることは、その成長を阻害することになってしまいます。修練の間の管理者であるわたしが、それを許容することは出来ないのです」
もっともらしい言い分ではあるが……
「結果、おれが死んだらどうすんだよ!? 責任取れんのか!?」
「埋めて終わりです」
「てめえ、いい加減にしろよ!」
「ですから、そうならないようにアドバイスしているではないですか」
アドバイスなどされた記憶は微塵もない。
記憶にあるのは、修練の間に入った瞬間、獰猛な獣たちに追い回された過去だけだ。
「だいたい、これのどこが修行なんだよ!? 一撃で死ぬぞ」
「ええ。勇者の一撃で難なく屠れる存在です。さあ、やっちゃってください」
話がまったく噛み合わない。
「死ぬのはこっちなんだよ」
「実戦に勝る修行はありません。心身ともに極限状態に陥ることで、あなたの中に眠る潜在能力が目覚めるのです。さあ、覚醒するのです」
半泣きで訴えるおれを無視して、サラフィネは悦に入っている。
(ヤベェな)
心底そう思ったし、おれは信じる者を間違えたのかもしれない。
「死闘が勇者を強くします。さあ、戦うのです」
「おれはごく一般的な日本人であって、戦闘民族じゃねえんだよ」
抗議の声は届かない。
そして、それが意味の無いことであるとも、理解している。
覚悟を決めなくてはいけないのだ。
(……やる……しかねえよな)
なぜなら、
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
「ピギャアアアアア」
「ドビュッシィィィィィィ」
獣たちは殺る気だから。
(集中しよう)
こういうときは目を瞑り、己と対峙するのだ。
…………実践しようとしたが、
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
「ピギャアアアアア」
「ドビュッシィィィィィィ」
(ダメだ)
獰猛な声が聞こえる以上、目を瞑ることなど出来ようはずがない。
だいたいにして、8ビートのように刻む心音がうるさくて、集中できない。
「やっぱ無理。助けて」
「すでに剣と防具を授けています。これ以上の手助けは、契約上できません」
突き放す言葉であったが、それで思い出すことができた。
契約。
(そう。そうだったな)
おれは、サラフィネと契約を交わしたのだ。
契約を交わした以上、全力で業務にあたる。
過程においての失敗は許されるが、結果を失敗で終わらせることは許されない。
万が一失敗したとしても、全力で職務をまっとうした、と胸を張れる自分でいなくてはいけない。
「やれることはすべてやった」
そう言えないようでは、フリーランスとして生き抜くことはできない。
(おれはいま、全力で対処しているか?)
否だ。
困難から逃げているだけである。
「これじゃ……ダメだ」
しっかりと口に出した。
「やるべきことをやる! 『いま』必要なことを!」
覚悟を決めると、おれの中でなにかが爆発した。
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
「ピギャアアアアア」
「ドビュッシィィィィィィ」
恐ろしい咆哮だった。
いままでなら身震いしていたが、いまはそれを受け止められる自分がいる。
そしてよく見れば、獣たちの動きはそれほど俊敏ではない。
それもそのはずだ。
もし自分の手に負えない相手であるなら、おれはとっくに死んでいる。
「キシャアアアアア」
「グワァァァァァ」
以下略。
冷静になれば、それすらどうということはなかった。
血気盛んに迫りくる獣たちに向け、おれは剣を一閃させた。
剣線が届く距離ではないが、獣たちの首がはね跳んだ。
「お見事です」
拍手するサラフィネに、斬撃を放った。
「キシャアアアアア」
サラフィネの前に顕現した獣が、断末魔の叫びとともに一刀される。
「見えない敵も切る。一段上の剣技を身につけましたね。これで修行は完成です。さあ、異世界に旅立つのです」
「早くね!?」
「グズグズしている時間はありません。サクサク進まなければ、二号は大魔王に穢されてしまいます」
それは心理かもしれないが、これだけは伝えておかなければならない。
「ちょっと待て。物語はまだ序盤であって、大魔王に挑むのは早計だ。異世界の知識とか……色々教えてもらってからのほうがスムーズに動けるはずだ。うん。それだけは間違いないよね」
どこに行くのだってそうだ。
下調べをしたヤツとしてないヤツでは、大きな差が生まれる。
旅行ならハプニングも楽しめるかもしれないが、今回は目的までのタイムアタック的なものなのだ。
その差はないに越したことはない。
「転送はわたしにお任せください」
こちらの提案を呑む気はなさそうだ。
サラフィネが両手を合わせ祈りをささげると、おれの足元に魔方陣が生まれた。
交渉は決裂した。
というより、交渉のテーブルにつくことすら、叶わなかった。
「勇者よ。実戦に勝る修行はありません。ただ、これだけは胸に刻んでおいてください。あなたの仕事は、『大』魔王を倒すことであって、魔王を倒すことではありません。いいですね? 狙うは一つ。『大』魔王の首のみです」
力強く言うサラフィネに、おれは訊かずにいられなかった。
「魂の回収は?」
「おまけです」
はっきりとそう聞いたのを最後に、おれは異世界に転移ばされた。




