頭痛の種
夕食の片付けを終えると、テーブルに新聞や雑誌を並べた。それらをさらっと読んで、僕は顔をしかめる。
レヴィエスからもらった異国の新聞や雑誌のどれもに、勇者の特集記事が掲載されていた。どうやら僕がスパイと思っていた人の中には記者もいたらしい。
勇者は希望であると同時に娯楽の対象になっているようだ。どの国の勇者が誰と仲が良いか、事細かに調べられている。
現時点で、僕の名前は表に出ていない。今後も出ないようにしたいところだ。
とりあえず、明日、レオナを黙らせに行くことしよう。
まあ、記事を読んだ限りでは、勇者の側にいる頭脳派の魔術士が賢者扱いされている。貴族階級のそういった該当者がいなけられば賢者は不在扱いになっているので、ぜひともカールクシアからも誰か出してもらいたい。
機嫌が良さそうなときに、アルタに相談しに行こう。名誉ある立場は貴族にこそ相応しい。
そして、僕の存在を忘れてくれ。竜の迷い言葉として放置希望。竜の権威が強いから無理そうだが、勇者と上手くやれる気がしない。
深々とため息をついていると、風呂から出てきたアルシェイドが向かいの席に座る。
「憂鬱そうだな」
広げていた記事を読み、アルシェイドが笑う。
「そろそろ魔人は滅ぶようだが?」
「勇者に期待しすぎ。魔力の増え方は異常に良いけどさ、使い方は悪くないって程度」
「勇者くんが魔術を使うようになったのこっちの世界来てからだろ? 幼児が使っていると思えば優秀だよ」
楽しそうに笑うアルシェイドを恨みがましく見る。
「僕に幼児の引率をしろと?」
近距離で魔力暴走されたら、僕、直撃しなくても生死にかかわる。勇者の魔力はタチの悪い毒みたいなものだ。なるべく触れたくはない。
「だいたいさ、一番活動している西の国の勇者でさえサムより弱いし、一緒に行動しているのは女の子ばっかりで、女の子全員が恋愛感情あるとか、いつまでも仲良くなんてムリだろ?」
「ルキノ、サムを基準にするのは贅沢すぎ」
そこは自覚がなくもない。だが、一番側にいた相手だ。つい比べてしまう。
「あと、女の子のことは、若さゆえかな。このまま女の子の怖さを引き出さないままでいられたら、いいね」
そのウソくさい笑み、アルシェイドもムリだと思ってんじゃないの?
僕も接触したことがあんまりないから、詳しくはわからないけど、安心材料は持ってないな。
「魔力的に気性の激しそうなのがいた」
それも一人じゃない。
「恨みの向かう先が勇者か仲間の女かはわからないけど、そのうち絶対何かやる」
いつ仲間割れするかわからない勇者パーティとか嫌すぎる。巻き添えでひどい目にあいそう。
「なら、女の子の勇者はどうだ? 女性問題はないぞ」
「聖国が召喚した勇者はどの程度使えるか不明。召喚時期を考えればカールクシアの勇者とそんなに変わらないだろ
うし、獣人とか奴隷でパーティ組んでいる帝国の勇者は用が済めば邪魔な存在として抹殺されそう」
元奴隷や獣人に栄誉を与えるような国でもないから、用済みになったらパーティごと消される。勇者の能力以前の問題として近寄りたくない。
「そう悲観しなくても、皇妃か皇太子妃あたりになれば抹殺されない」
「その辺りのことがわかる子だといいけどな」
わかっていれば、今頃帝国が用意した貴族もパーティに加えているだろう。そういう面で、あんま期待できる相手じゃない。
「お前、もしかしてちびっ子勇者がいいのか?」
「あの勇者は防御向きなんだよね。パーティに近接と中長距離の攻撃向きの人がいるなら悪くないかな。あと、討伐後に国と交渉できる貴族がパーティにいれば安心材料になる」
条件さえ整えば悪くはない。
でもね。
「保護者からの許可が出るのか不明」
保護者の動向、アルシェイドはどのくらい把握しているんだろう。ときどきロナと接触しているようだから魔人の情報は得ているはず。
「ダメ出しばっかりだな。妥協しろよ。誰か選ばないとダメなんだろ? 探索者」
アルシェイドのからかう響きの強い探索者呼びに、僕は肩をすくめる。
「保護者にべったりなちびっ子勇者は、新聞ほどパーティに恵まれてないのか?」
新聞には僕の出した条件に該当する相手が複数いる。彼らは貴族だし、勇者の味方にできていれば国との交渉はやれるはず。
それをダメ出しにとるってことは、保護者からの信頼がないな。あの魔人、過保護ぽかったし、そういうことだろう。
「国と敵対しない為の妥協案かな。勇者が五人そろったからな、もう年齢を理由に遊ばせてはおけない。勇者活動してもらわないと国の威信にかかわる。妥協できる範囲で言うこと聞いている状態。信頼関係はまだ、これから」
「あー、勇者が使えないなら、せめて使えるパーティじゃないと加わりたくない」
一組でいいからどうにかならないだろうか。
「ルキノも妥協が必要だよ」
優しく諭されてもきけない。最低基準は超えてもらわないと、僕が長生きできなくなる。
勇者と活動しなくて済む方法はないものか。僕は頭を悩ませた。
年度始めの月末。
予定どおりというか、アルタに予告されていたとおりに勇者と組まされた。丸一日面倒なんてみたくないから、午前中は守って午後そうそうに退場してもらう。
守りはレオナに協力してもらい、退場はアルシェイドにやってもらった。
当たったら痛い程度のケガしない攻撃だと、警戒心の低い勇者にはいくらでも当たる。生存本能を刺激するくらいになると反応が良くなるけど、過剰防御で周囲にいる人が危険だ。
勇者の潜在能力は高そうだから育てれば使えるんだろうけど、現時点ではぜんぜんダメ。何回か窮地に落とし込めば使えるくらいまで急成長するのだろうか。
命がけの急成長方法を演習の見回りをしていたアルタに提案してみる。
大きなため息をつかれた。
「お前は勇者に対する採点が辛すぎる」
「戦い方を習い始めたばかりと思えば優秀ですが、対魔人と考えれば力不足です」
嫌そうではあるがその点は同意してくれる。
「これでも、どの勇者でも大差ないなら自国の勇者をとは思っているんですが?」
「その点はよく考慮しておいて欲しいね。こっちもご家族の不幸通知なんてしたくないからな」
「やっぱりそういう話出るんですか」
家族に監視があるなら、そういこともあるとは理解している。家にいた時間は短いし、家族愛が強いほうでもないけど、不幸になって欲しいとは思わない。
「竜を信奉している過激派なら容赦なくやる。今のところ少数派だから、すぐにどうこうなることはないが」
「少数の過激派って、暴走しやすいイメージがあるんですが?」
「追いつめたら暴走することもあるかもしれないが、今はまだ心配いらない」
アルタと話しながら煙玉を投げる。煙が出るだけで、今回のは無害。だが、開始早々に笑い薬混じりの有害品を使っているので、盛大に慌てふためいてくれた。
「追い払うだけか?」
「今回は六位狙いですから、倒すとポイントをとりすぎてしまいます」
追い払った先には今代の雷帝がいる。逃げた彼らの魔力を追っていけば、雷帝にポイントにされたと知れた。
「竜の信奉者が少数派なら、多数派は?」
「無視はできないが放置もできない半信半疑者だ。ルキノ個人で見れば、ドラゴンズレイヤーのパーティメンバーでダンジョンなれしているだけ、という人物だからな。斥候役として優秀かもしれないが、勇者を任せる根拠になるのは竜の言葉だけ」
唯一無二の人物だとするには実績がたりないらしい。
僕の持つ結果が足りなくて、貴族から賢者候補を出すことに多数派はのり気になっているそうだ。
「僕も大陸南部がどうなっているか知らないし、どこにどうたどり着いたらいいかなんてわからないですから、過剰な期待はされたくはないです」
「それについては、勇者を温存し、探索者が使えるかどうかの確認も含めて大陸南部へ送り込む案が出ている」
「まさか一人で行けとは言いませんよね?」
そんな無茶を言われるなら、南部に向かったことにして消えるけどね。
「送り込むならパーティ単位になる。監視も当然つく」
「パーティメンバーにサムとアルシェイドくらい戦える人とレオナくらい防御のできる人がいるなら、費用と成功報酬と今年度の学院卒業確約で行きますよ?」
攻め込む先がわからないことには、どのくらい勇者に育ってもらわないといけないかわからない。様子を見に行けるなら行ってみたかった。
「どうにもならない状態なら逃げかえりもしますが、それはそれでそっちも使えないって判断できるでしょ?」
「そうだな。悪くはない。だが、逃げ帰ってきた場合、お前が全力でやった結果なのか、面倒な立場から逃げるためにできないことにしたのか。こっちはそれをどうやって判断するかが問題だな」
「全力でやるのが自国のためですから、僕の愛国心と名誉欲を信じてもらえばよいかと思います」
びっくりするぐらいアルタの視線が冷たくなった。
図書館で軍人とつき合うには、愛国心とやる気を前面に押し出した主張をしたらいい、という本を読んだんだが、失敗か。
「ルキノ、何を企んでいる?」
「男児たるもの上昇志向を持つべしという内容の本を読んだだけです」
本当は軍人に相手に詐欺を働いて処刑された人の手口を読んだが、よけいなことは黙っておくべきだ。その場で軽く読んだだけだから貸出し記録とかないし、知られることはないはず。
僕は表情を変えることなく、真面目な態度を保つ。
「愛国心と名誉欲か。なら、騎士にでもなるか? 学院卒業と同時に騎士になれるくらいの推薦状なら用意してやるぞ」
にこやかにアルタが告げる。
これはヤバイ。
否定しないと実行されてしまう。
「えーとですね。訂正させて下さい」
命令に絶対服従の軍はムリ。
「冒険者的な自由と名誉欲です」
「本音を言え」
今回は誤魔化されてくれないようだ。
「大陸南部の様子は興味があるので、やる気はあります。やる気はありますが、求められる結果や準備されたものが無茶な場合保身に走ります」
「ったく、ありもしない名誉欲を主張するな。こっちで逃走しなくていいように調整するから、よい子ていろよ」
やっと刺さるような鋭さが、アルタの視線からなくなった。僕は小さい子どもの様に手を上げて元気に返事をする。
サボっていたのがばれた様で、遠距離から魔術攻撃を受けた。防御しつつ避けると、僕は逃走する。
ポイントはもういらないけど、途中退場するつもりもない。
追いかけてきた連中がアルタの側を通過するのを見計らい、僕は笑い薬を投げつける。追っ手は直撃を受けたが、アルタはしっかりと防壁をはって防ぎやがった。
アルタは僕を鼻で笑うと、その場で笑い出した連中にリタイアして治療受けるか確認する。
演習は先生を直接攻撃してはいけないが、先生が被害の巻き添えを食らうのは許される範囲だ。ちょっとばかり、アルタの巻き添えを期待して頑張ってみる。だが、アルタは無被害のまま演習終了の時間をむかえた。
頑張り過ぎた僕の結果は四位。熱くなって、加減を間違えてしまった。不本意な結果にふてくされる。
そんな僕をアルタはニヤニヤ笑った。




