閑話 班長
士官学校は貴族子息が多い。
そんなところに少数派として存在する平民は実家が富豪か本人がよほど優秀かだ。両方を満たす者はいても、実家が貧しく、本人も無能なんてのはいない。
あくまでそれは平民の話。貴族子息だとそういうのがたまにいる。貴族としては裕福でなくても学費は払え、成績底辺に位置する者。
金ナシ、コネナシ、才ナシのないないづくし。
そんな彼らの不満は自らより弱い立場の者へ向く。だか、士官学校にいる平民の子らは大貴族子息が目をつけるほど優秀な者だ。彼らは将来の優秀な部下として庇護されている。
そうでなければ、実家の富で下級貴族を圧倒している者ばかりだ。
その結果、学内ヒエラルキーはほぼ成績と一致している。
そんなところにのこのこやって来た魔術学院の交換留学生。彼らは平民であり、来たそうそう受けさせられた小テストの結果は散々なものだった。
魔術学院と士官学校では学ぶものが違う。なんの予備知識もなくテストを受けさせたら成績下位なるのは当然といえた。
筆記試験の結果でサムイルに手を出す人はわずかにいたが、全員返り討ちにあう。多数対一で圧勝できる力がサムイルにはあり、去年の国際交流会のことを知っている者は最初から手を出さない。
情報通の者ならドラゴンズレイヤーだとも知っており、敵対よりは友好を選ぶ。
サムイルよりは絡みやすいのがルキノだ。
将来の志望は魔術具師であり、そっち方面でいくら優秀でも士官学校では優秀者にならない。
彼もまた、国際交流会で結果を出した者だ。だか、彼以上にサムイルが結果を出しており、国際交流会で直接関わった者の評価は高くても成績下位者にはあまり知られていない。
魔術学院からやって来る人の留学期間は、魔術学院での単位修得の進捗状況に影響が出ない範囲だ。短い人は一週間もしないうちにいなくなる。
なのに彼らは何ヶ月も士官学校にいた。それだけで彼らの優秀さがわかりそうなものなのに、それを認めようとしない者もいる。
強そうに見えないからといって、弱いとは限らない。
どうやらそんな簡単なことがわからないようだ。ルキノは絡まれた時の対処方法か逃走のせいで、勘違いした者が増殖してもいる。
「ロニガ、何を見ているんだい?」
「アレ」
オレの視線の先を追って、バヨンは三階の窓から裏庭を見下ろす。気楽な様子のルキノが五人の同級生に囲まれていた。
「こりないな」
「どっちのことかな?」
「どっちも。ルキノも諦めて相手してやればいいのに」
手が出ようが、足が出ようが、ひらひらルキノは避ける。魔術を撃たれても慌てないし、距離ができると軽く手を振って走り去る。
「劇の一幕を見ているようだね。危うさはどこにもなく、いつどこにどんな攻撃が来るのかわかっているようだ」
「それ、劇としては失敗じゃないか? 決まっているからって観客にわからせたらダメだろ」
「ルキノくんとサムイルくんの試合がよかったからね。つい期待をしてしまうよ」
バヨンは国際交流会で行われた剣による試合を気に入っている。授業で再現させたいようだが、サムイルと剣をあわせられる人は少なく、ルキノにやる気がない。
「今度の実習は彼と一緒だからね。ぜひとも本気にさせてみたいよ」
「班わりはまだだろ?」
「交渉済みだよ。ルキノくんを一班にはできないそうだからね。僕らが二班になる」
「僕ら?」
にっこりとバヨンが笑う。
オレ込みで交渉済みだったようだ。
ぼたぼた落ちる雪をながめる。
室内は暖かく、外回りしている班員達より楽をさせてもらっていた。休憩室に戻って来たばかりで寒いと震える班員達に暖炉の前に集まり、暖炉とは反対の壁よりにあるテーブルでお茶する相手はバヨンしかいない。
「それにしても、王宮警備実習でこんなにのんびりできるとは思ってなかったよ」
二班にいる上級貴族はオレとバヨンだけだ。あとは下級貴族と平民で、頭に血の上った貴族対応には向かない。担当ああ区域で何かある度に呼ばれ、忙しく過ごすはめになると予想していた。
しかし、今、オレもバヨンもお茶するだけの余裕がある。ルキノは班長権限で、オレたちが外回りに出なくていいようにしたかわりに全担当時間休憩なしの待機にした。
家名が必要な事案だけ、こっちに人をよこす。
「去年に比べたら格段にいいのは認める」
「班員の子たちも暴力を振るわれた人はいないね。初王宮警備実習で、本職の人たちを呼ばないで対処できるのは快挙だよ」
「副班長の助けもなく、よくやれてはいる」
「口出ししたら意見ではなく命令になるからね。ルキノくんの力量を見るには見守るしかしないよ」
かなり好評価だ。
「誘うのか?」
使える相手はとりあえず部下として確保する。バヨンはその点はまめまめしい。
「誘いたいんだけどね。いい誘い文句がないんだよ。一年くらい前に魔術学院に魔物が出たことがあっただろ?」
「王太子殿下の観覧中の襲撃?」
単なる魔人の仕業か王太子を狙ったテロか、一年以上経つのに答えは出ないままになっている。
「どうもルキノくんはその時に殿下たちと接触しているみたいなんだ」
殿下たち、ね。
「そのせいで近衛騎士にいじめられたみたいでね。騎士も貴族も嫌いらしいよ」
「なんで、士官学校にいるんだ?」
好き嫌いで選ぶなら、わざわざ士官学校に来なくていいはずだ。
「謎だよね。魔術学院側に圧力をかけた形跡はあったんだけど、たどりきれなかったよ。それに、誰が近衛騎士にいじめられていたルキノくんを助けたのかも不明なんだよね」
楽しそうな表情をしているが、どことなく悔しそうにも見える。おそらく推測はできているが確証がない。
それとも、疑わしい相手が複数いるか。
バヨンの口を割らすなんて無謀でムダなことは試さない。
「なら、ルキノの取り込みはあきらめるのか?」
「そうだね。今はお友だちになることを目指してみるよ」
短期攻略は諦めて、長期戦にするようだ。
王宮警備実習が終わると短い冬季休暇がある。その後は選択実習、学年末試験と続く。
「学年が違うと少し強引にならざるえないよね」
少し?
思うことはなくはないが、バヨンにより調整された王都警備実習に参加する。
「学年でも、家名でも、班長は先輩がなされるものではないですか?」
バヨンの推薦をルキノは拒否する。他の班員はバヨンの提案が出た時点で全員無言の賛成だ。
意見できるような立場にある者も、そんな度胸のある者もいない。班長に押されたのが相手が誰であれ、賛成するような面々が集められていた。
「後輩を育成するのも先輩の仕事だからね」
そんなバヨンの言葉と多数決でルキノの班長は決まる。
実習場所は王都に入るための関所の一つで、関所の手伝いをしたり、近辺を巡回するだけの簡単で退屈な仕事だ。
いずれ、こういった場所の管理者になる可能性も士官学校卒業生はあるので網羅的に地味な実習がある。
バヨンがこんなとこの管理職についたら左遷だが、平民なら大出世になるらしい。
戦時になると前線に行きたがらない貴族階級出身騎士のたまり場になるが、今はたいした家の出の人は配属されていないようだ。
学生のバヨンのとこへ、管理責任者が挨拶に来てごますりに必死になっている。権力に弱い小物感が前面に出ており、バヨンがいるだけで胃と頭髪に深刻なダメージを与えていそうだ。
権力に取り入りたいタイプならバヨンはオモチャにする。だか、ここの管理責任者は何事もなく無事に実習終わらせて帰ってくれ感がすごい。
「あれだけ怯えられるとかわいそうになってくるね」
バヨンは困ったように笑う。
「かわいそうだから、彼とのお話は班長のルキノくんに任せるよ」
「バヨン先輩のお家が謎なんですが?」
「おや、知りたいかい?」
「いえ、詳しくは知りたくないです」
即答で拒否った。
「ロニガ先輩も上級貴族だとうかがっていましたので、同じくらいの家なのかと思ってました」
家の爵位は同じだが、領地の規模や国への貢献度がまったく違う。貴族間では有名すぎて誰もが知っており、わざわざ教えようとした者がいなかったのだろう。
「偉いのは父であって、僕ではないのだけどね。ルキノくんにまで怯えられたくはないから、今は秘密にしておこうか」
ルキノは外回りや関所の手伝いである雑用からオレとバヨンを外して、予定計画を立てる。どうやら関所の人とやりとりしなくてはいけない書類関係を全部オレらに任せるつもりらしい。
バヨンがいれば、関所の方々の対応は甘くなる。オレらとしては楽な仕事で、他の班員もバヨンと一緒に行動させられるよりは気楽だろう。
労力分担はおかしいが、不満を口にする人はいなかった。
「ルキノくん。基本計画はそのままでもいいけどね、君は班長だから一日の終わりには一緒に書類確認しないとダメだよ」
「僕、偉い人と一緒にいるだけの教養が足りないので」
「問題があれば指導してあげるよ」
「ご指導いただく前に、怒らせるわけには」
「大丈夫だよ。僕相手に怒れる人はいないからね。僕が怒らなければ誰も怒らない。ルキノくんにまず指導することは、僕は今、肯定の言葉しか聞くつもりがないってことかな」
にっこりとバヨンが笑う。
「ルキノくん、お返事は?」
バヨンとは対照的な顔で、ルキノはバヨンの指導を受けいれた。
実習三日目。
ヒマ。
関所の人も班員も気を使いすぎて、やることがほぼない。他の実習生が雑用に使われているのを眺めながら、朝からバヨンとお茶しているしかなかった。
「先輩、少しいいですか?」
昼過ぎ、普段なら読むこともない新聞に掲載されている頑張る若手職人のコラムまで読破した頃にルキノが来る。ヒマつぶしになるなら少しじゃなくても歓迎したい気分だ。
ルキノの誘いにのり、バヨンと一緒に関所の上にある見張り台に登る。登ると、双眼鏡を渡された。
遠くに見えるのろのろとやってくる三台の荷車をルキノは見て欲しいらしい。
「あの荷車がどうかしたのかい?」
「とりあえず、荷車の角のある鳥がどこの家紋かわかるかどうか知りたくて」
バヨンにルキノは歯切れの悪い返事をする。
「わかるよ。わかったら、何かあるのかな?」
ルキノはちらっと仕事で見張り台ににいる人に視線を向け、わずかに首を横に振ると視線を落とした。
どうやらここではいいたくないらしい。下に降りると、実習生用の休憩室として提供されている小会議室へ向かう。
休憩中のが一人いたが追い出して、ルキノを座らせる。
オレは入り口近くに立ち、バヨンは立ったままルキノを見下ろす。
「あの荷車の家紋は有名な家だよ」
成金と呼ばれる分類の貴族。新参者であり、黒いウワサが多い。だが、金貸としての影響力は大きくあの家に対して頭の上がらない貴族は少なくない。
「先輩がケンカできる家? 知らないふりして問題を起こさない方がいい?」
「ルキノくんは事なかれ主義だと思っていたんだけどのね。内容次第ではケンカ売ってもいいよ」
「密売。商品は人間」
カールクシア王国は人身売買は違法だ。他国で犯罪奴隷にあたるのが労役刑の囚人。金のために売ったり売られたりしてなる奴隷もいるが、カールクシア王国では、期間が定められているので雇用契約になる。
雇用期間百年とか、扱いは奴隷と同じようなもの。何百年って期間で子孫に至るまで奴隷のように扱われる事例もある。
それでもこの国では奴隷というものはいないことになっていた。
「穏やかじゃないね」
「たぶん、誘拐とセットになっている人身売買」
それが事実なら悪質だ。
そう生まれたわけでもなく、そう身を落とすこともなかった人が、そうされてさしまう。
気分のいい話ではない。
「ルキノくんの言葉だけでは動けないね。どうするかは実際に荷車を見てからにしよう」
ルキノはその言葉にうなずく。
「ところでルキノくん。なぜそれをここの責任者ではなく僕に話すのかな?」
「ここの責任者は見なかったことにするでしょ。確認するまでもなく」
貴族の対応ができるのは同等以上の貴族たけ。バヨンが対処できないならルキノは黙秘するのだろう。
バヨンが楽しそうに笑う。
「ルキノくんは自分が間違っていないと自信満々だね」
「僕が最初に疑ったのは密入です。荷車三台で50人近い人が乗ってます。近づいて来たら、魔術の気配が濃かった。奴隷の首輪って魔術具としては独特な物ですから、間違えようがありません」
物怖じすることなく、ルキノはバヨンに視線を向ける。
「荷車が到着したら、ルキノくんの言葉の正しさを証明してくれるかい? その先の面倒はこちらでみるよ」
荷車が到着するまでの時間を、プレゼントを待つ子どものようなに浮かれてバヨンは過ごす。
ルキノには試すような発言をしたくせに、バヨンは疑ってはいない。
魔術具でこっそり実家に連絡をするくらいには本気で、面倒をみるつもりだ。
しかし、ルキノは自らの異常さを理解していないのだろうか。遠くに見える荷車の中に何人いるかや、魔術具の反応が通常と違うなんて、与太話だ。
語る方もおかしければ、信じるほうもおかしい。
なのに、楽しみだ。
何かあると期待してしまうオレもまた、おかしいのだろうか。




