閑話 学生
仕事量と人員のつり合いが崩壊している。
残業は標準仕様となっており、上司からの差し入れは回復薬だ。どこもケガしてないし、病気じゃない。
それのなに、回復薬の効果が実感できる日々。
回復薬より休みくれ。有休よこせとはいわないから、せめて代休とらせろ。休日出勤は嫌いだ。
勇者召喚準備に人手を取られて、どこも大変なのはわかりますよ。ですがね、人間は休息も必要なんですよ。
長時間労働はやる気を下げるし、効率も悪い。
過労で倒れた人が出ると更に労働条件が悪化する。悪循環だ。
倒れた人を心配するより、増える仕事のせいで相手を恨んでしまう現状は末期。
「アルタくん、ちょっといいかね」
ちょっとすらいい時間はない。だか、上司からの誘いは断れなかった。
仕事の手を止め、上司の部屋へ行く。
「すまんが、西の三番関所に行ってくれ」
「左遷ですか? ゆっくり寝られそうでいいですね」
「いやいや、君、待ちたまえ。人事異動の話なんてしてないよ」
「時期的、上司からの誘いは内示でしょ」
「アルタくん、君、異動ないから。左遷でもいいから異動したいようだが、ないから」
チッ
「舌打ちしない。にらまない。余裕できたら真っ先に休みやるから、確認に行ってくれ。ムシはできんのよ」
しかたなく上司の話を聞くと、問題の関所にお偉いさんの息子が実習でいるそうだ。で、そいつが、関所の役人が使えないから使える人をよこせごねてきたらしい。
上手くやれば出世の足がかりになるらしいが、いらん。そんな未来より、今すぐの休みがほしい。
どうせ拒否できないし、街に降りるついでに食べそこなった昼メシでも買って顔だしてこよう。
ここにいたらまともにメシも食べられないし、気分転換の散歩だとでも思って行くか。
いやいや承諾すると、俺は関所へ馬で向かった。
ちょっと勘弁して下さいよ、学生さん。
君ら何してくれてんの。
疲れ目で俺、おかしくなってんのかな。
貴族の荷車を規定どおりに検問とかないわ。
荷車の輸送者の人らめっちゃ怒ってるし、正式に抗議するって息巻いてる。
実習生らしき学生さんたちはあくまでも規定どうりに調べるつもりで、抗議させている関所の大人は輸送者も学生もおさえこめていない。
こりゃ、使えない人認定されてもしかたないわ。
「先輩、あちらの方?」
士官学校の生徒にしては細っこいのが真っ先に俺に気づく。先輩と呼ばれた相手は明らかに貴族で、顔見てわかるレベルの大物の子息だった。
「ここの責任者よりは上の階級の人が来たからやっていいよ」
貴族らしい、底の見えない笑みで何かの許可を出しやがった。いい予感はまったくしない。だが、止める間もなかった。
細っこいのが、一番手前の荷車に向かって魔術を放つ。感覚からして、高威力の魔術ではなかったが、変化は劇的だった。
荷車の形状が変わる。
「幻術?」
檻のように見える荷台の扉を開け放てば、奴隷の首輪をはめた人の姿が見えた。
幻術って使い手がかなり少ない。学校では習わないし、対応の仕方を知る者も限られている。
それについていろいろ思うことはあるが、考察する前に捕縛用の魔術具を俺は使っていた。
あー、仕事増えたな。
とりあえず、ここの責任者から権限奪って応援を呼ぼう。
犯人はどうでもいいが、商品にされている人たちに育ちが良さそうなのが混じっている。話を聞くのに女性の担当者もほしい。
学生たちに協力してもらい、というか捕縛のための位置取りしてた学生により捕縛はすぐすんだ。しかし、貴族対応用の関所の通路は荷車が置かれているので使えない。
貴族が来たら、俺を呼びつけたと思われる子息サマに対応してもらおう。他の学生は通常の関所の仕事のお手伝いをしてもらって、関所でお仕事中の大人にはこっちの処理をしてもらわなくてはいけない。
幻術を破った学生には、こっちの協力してもらおう。残りの二台も幻術がかかっていそうだ。
有効な特技のある子は遊ばせておくべきじゃない。
苦情処理しつつの休憩予定だったのに、仕事が増えた。
応援に来た人がまともなら仕事は丸投げしよう。バカが来たらお偉いご子息サマに監視させればいい。
はぁ〜
今日寝る時間あるかな。
増えた仕事にうんざりする。
事情聴取に班長と副班長を呼び出す。
昨日はこっちが呼び出されてやったんだ。今日はつきあってやらない。
「先輩、この建物入りたくないです」
「なかなか入れない所だよ。召喚状もらった記念に入っておこうね」
「急なめまいで、僕もう一歩も歩けそうにないです」
「そう? なら、中で休ませてもらうといいよ」
「先輩、見逃して下さい」
「今、君を見逃すと、君は僕に仕事を押しつけて逃げたこのになるけど、いいのかな? 家に連絡したら特務課の人が来ちゃう様な先輩に仕事を押しつけるのかい?」
建物の玄関で楽しそうな話をしていた二人に手をふる。
萎縮している坊やは放置して、副班長くんのみに視線をむける。
「呼び出して悪いね。こちらから関所に出向いている時間がなくてさ」
「特務課なんてなかなか入れませんから、社会見学に呼んでくれてありがとうございます」
ガキでも貴族。嫌味くらいで笑みがはがれ落ちるツラの皮はしてないか。
親父の名前を前面にだして高圧的にこないことが確認できれば、今はいいとする。
俺は学生さん二人を連れて取調室へ向かう。事情聴取は個別におこなうのが基本だ。そのために二部屋使用許可を取っている。
一部屋目に班長くんを入れた。お茶とお菓子を出して待たせて置く。
二部屋目にかわいくない副班長くんをいれる。こっちにはお茶もお菓子もなしだ。書類とペンを用意してやる。
「まともなのが出来たら帰っていいから」
「どういうつもりですか?」
「子どもの相手しているヒマはないんだよ。どうせ口裏くらい合わせてるんだろ? 優秀な学生くん、好きにやるといい」
取調べ調書を班長と副班長分の作成。それをもとにした報告書の作成。それらを優秀だと名高い貴族子息に押しつけてみた。
取調べ調書の完全捏造が難易度高いかもしれないが、どういう報告書にしたいか解ればいい。細かいとこは班長くんに聞いて補正すればいいし、取調べをやった形式を残せればよかった。
副班長くんとの話が終わると、書類の束とファイルを抱えて班長くんに会いに行く。
普通にお茶飲んでお菓子を食べているとこを見ると、なかなか図太そうだ。
壁際の机にお茶とお菓子は退けてもらい、抱えていた書類を部屋の真ん中の机に置く。
「これ、分類マニュアルたがら」
ファイルを手渡す。
「ここにある書類、分類しておいてくれ」
「えっ? 事情聴取じゃ」
「そんなことやっているヒマはないが、やったことにする必要はある」
用意した書類は選別している。見られても問題ないというか、こいつは知っておくべき情報だ。
「座っているだけでは退屈だろ? バイト代に昼飯食べさせてやるよ」
返事は聞かないで、俺は部屋を出た。
昼前、仕事の区切りをつけて学生くんたちの様子を見に行く。
先に副班長くんを訪ねる。
書類を確認すると、思ったよりいいできだ。
午前中で帰す予定だったが、これなら使えるな。添削指導に切り替える。
三回、いや、二回添削でいけるな。整合性とらすのにというか、こっちの都合がいい記述にするために情報をあげよう。
こいつなら、きれいごといわないでやれる。
見せていい書類か確認してから戻ると、ちょうど昼休みになったので副班長くんを部屋から出した。
「昼飯いる?」
「知り合いのとこへ行きますから、遠慮しておきますよ」
知人に情報収集がてら食べてくるのだろう。
お互いにこやかに対応を終えると、食堂に向かう。ランチボックスを二つ購入し、もう一人の様子を見に向かった。
ドアを開けると、少年は血色の悪い顔をこちらにむける。少年が握りしめている書類に目を落とせば、ルキノ・マイハースに関する調査報告書とあった。
散らばった書類をどけて、メシを置く。
「まずは食事にしようか、探索者くん」
ランチボックスは木の箱でできており、フタを開けると料理が木枠のなかに収まっている。スープの入った器を手に取れば、目の前の少年が作ったコースターが敷かれており、湯気を立てていた。
「この魔方陣、過剰だよな?」
「えっ、あぁ、過剰です」
驚きと戸惑いを表情から消すと、ルキノは話にのる。会話を拒否するつもりはないようだ。
「温度の均一化と安全性を重視した結果です。温めて置くだけなら半分もいりません。発火する危険がありますけど」
魔術を自在に使える人からすればムダの多い魔方陣。だが、魔術を使えない人にも安全に使える仕様になっている。
だからこそ使いやすく、商品としてよく売れているのだろう。
「君の論文、読ましてもらった。そっちも安定と安全を重視しているよな?」
「誰が使うかわからないものは過剰に見えても余裕がいります。特定個人が使うなら、制御できるぎりきりまでそぎ落としますが」
魔術の話ならお口は軽くなるか。そのこはやっぱり魔術学院の学生だな。
食事が終わるまでは魔術談義を続ける。
魔術学院でも士官学校でもそういう授業があるせいか、食事の仕方は悪くない。それなりの場に連れて行っても問題のない態度でいられるな。
お城の年末年始の実習でもよくやれていたらしいし、田舎生まれの迷宮都市育ち。どの社会層の勇者が召喚されても平然と一緒にいられそうだ。
勇者と行動させたいお友だち候補者たちより、許容範囲ははるかに広い。勇者しだいでお友だち候補者と板ばさみになりそうだが、そこは個人の才覚でがんばってもらおう。
食事を終えるとフタを閉める。
ルキノは大きなため息をついた。うつむいて落ち込んだ様子を見せたが、呼吸一つおいて顔を上げると理知的な眼差しを向けてきた。
「僕って、どういう扱いなんですか?」
「どうとは?」
「僕個人の経歴を調べつくして、家族にいたっては監視者がついている。そういう扱いを受けている僕はどう見られているんですか?」
家族の行動が定期的に報告書になっていれば監視されているのはわかるか。
「君は危険人物。家族は人質。そう判断できる情報はあげただろ? わからないふりはやめろ。認めたくないとわめくなら午後から帰っていいぞ」
そんなことにつきあう時間はこっちにはない。
「探索者ってそんな危険視されるものですか? 僕より魔力量の多い人や強い人なんていくらでもいる」
「個人の強さなんてどうでもいい。問題なのは竜が認め探索者ってことだ。我が国の初代国王陛下はどうやってその地位についた?」
建国記念の祭にもなっており、歴史の授業でも学んでいる有名な話。
圧政に立ち向かい、人々を救った英雄は竜の加護得て玉座についた。
「僕、反逆者?」
あらら、また青い顔になったか。
「そこまではまだ思われていないが、警戒はされている。玉座についた勇者もいるしな」
権力欲は低そうで、さほど警戒されてはいないが、利用する人が現れてしまう危険性もあり、放置もできない。
「騎士嫌いなルキノくん。疑われないようにする努力は必要だよなぁ」
こっちは書類仕事に忙殺されているのに、時間を作ってやったんだ。探索者と呼ばれるだけある異常な感知能力、役立ててやるよ。
竜なんて信じていないお偉いさんもいるし、勇者に合わせる前に実績作りもしておきたい。
あぁ、いい天気だ。
土砂降りの雨が太陽光を遮り、目に優しい。
「アルタくん、ちょっといいかね」
上司に呼ばれ、部屋に向かう。
「代休ですか? 有給ですか? 療養休暇ですか?」
「どの申請も却下。だいたい療養休暇がいるほどやわじゃないだろ、君は」
「療養休暇は最近うちの課の流行ですから、時流に乗ろうかと。医者にかかる前にはいい感じになる毒を用意してますから、課長のサインさえもらえれば大丈夫です」
悲しそうな顔でため息をつかれた。
「なぜ、うちの課で一番仕事しているのが君なんだろ。今いなくなられて一番困るのが君という部下である私の不幸は、どうやったら解消されるのか。良案はないね?」
良案ねぇ?
「療養中の先輩と若手連中を抱き合わせで仕事させて、俺に休暇をよこせば課長の心労は減少します」
「鬼かっ」
大声を出さないでほしい。
頭に響く。
これでも、睡眠時間けずって真面目に仕事している。
「しぼりかすになった連中を働かせられるか」
「その優しさを俺にも向けて下さいよ」
ものすごい蔑んだ目で見られた。
勇者関連に呼ばれた先輩たち。彼らは食事する、魔力提供、回復薬飲んで寝る、という行動を日に三回おこなっていたらしい。
で、回復薬を飲んだくらいじゃ魔力が回復しなくなったところで元の部署に戻され、休養に入った。
「身体はともかく頭は元気なんですから、若手への助言くらいしてもらいましょう」
俺は慈愛に満ちた笑みを作る。
「療養中の部下を働かせるのと、俺のストレス発散を含む仕事ぶり。どちらが課長の心労が少ないかなんて迷うまでもないでしょう?」
「そこまでして休みが欲しいか」
無言で肯定を示す。
悩んでいるが、休みをよこすとは言わない。
「人が戻ってくれば、学生くん使うのやめますよ?」
なかなか便利な坊やだが、どうせ新年度には学院に返さなくてはいけない。
仕事で使うのついでに行動様式や感知能力についての情報も取れた。本人に隠れて情報を抜くのは難しいが、直接とるのは易い。
「課長」
催促するように呼ぶと、恨めしそうな目を向けられた。その程度で俺の笑みは崩れない。
俺はただ、待てばいい。
一週間後、俺は二ヶ月ぶりの休みを手に入れた。




