第51話 白い砂の地
嵐が砂を巻き上げながら地表を駆ける。一帯は白い砂で埋め尽くされ、生き物の姿はひとつとして見られない。空は分厚い雲に覆われている。さながら牢獄だ。
強風が唐突に吹き止んだ。人が口に入った異物を吐き出すかのように、風の渦から小さな塊がひとつ、宙に投げ出された。少年だ。
ヒウノは受け身もとらず、ごろごろと力なく転がった。意識を失っているのだ。着地の衝撃とともに、強い痛みが少年の体を襲う。それが彼を現実に呼び戻した。
(着いたの……だろうか……)
風に飛ばされた細かい砂が目に入る。風がおさまるのを待ち、少年はゆっくりと目を開けた。
「戒砂だ……」
見たことのある景色だった。体を起こし、周囲を見やった。白い砂の大地が彼方まで広がっている。
「僕の知っている場所とは違う。戒砂ではあるけれど。少し息が苦しい。ここが、リトの故郷……」
ヒウノはぐるりとあたりを見渡したのち、なぜだか気持ちが沈んだ。なんて寂しい土地なのだ。草木の一本すら生えていない。薄灰色の雲が空の青さを隠し、吹く風は冷たく乾いている。
のそりと立ち上がって一歩を踏み出す。続く一歩を少年は躊躇った。砂が鳴いたような、そんな気がした。
これからどうしたものか、と少年は思案する。あれだけの嵐に呑まれたにもかかわらず、幸い、体のどこにも痛みはなかった。歩いたり、走ったりするのに不自由はなさそうだ。
問題は目指す方角である。どこを目指せば少女に会えるのか、見当もつかない。食料も水も持ち合わせはなかった。やみくもに進んでは、少女との再会より先に自身が倒れてしまうだろう。右手に宿った石が道を指し示す気配はない。
少女から手渡された、真っ白な拵えの小刀を手に持った。瞳を閉じて、少女の生い立ちを想う。このようなさびれた土地で、彼女は何を思い、どう生きてきたのだろうか。今になって、ときおり彼女が見せた奇妙な行動に得心がいった。土にふれ心を震わせていたのは、ここでの生活を想像すれば頷ける。
ふと、少年の耳に人の話す声が響いた。驚いてまぶたを開くと、目の前に老人と小さな女の子の姿がぼんやりと浮かび上がる。
「気に病まずともよい」
老人はそう言って、女の子の小さな頭を愛おしそうに撫でた。女の子は今にも泣き出しそうだ。
「今日もよくみなを守ってくれた。お前は立派に務めを果たしたのだ。さぁ、村へ帰ろう。ゆっくりお休み」
少年にはわかっていた。これは幻なのだ、と。
ふたりが背を向けて歩き出す。老人に手を引かれて歩く女の子が、ふと振り返った。
少年はどきりとした。自身の存在が認められたのかと思った。しかし、そうではなかった。女の子の悲しみに満ちた瞳は、少年のほうに向けられただけで、彼を見たのではない。視線の先になにかがいてほしい、少年には、そんな願いが込められているように感じられた。
女の子が顔を戻して歩き始めると、幻は音もなくかき消えた。
これは、きっと導きだ。少年はそう信じ、ふたりの幻が向かおうとした方角へと踏み出した。
第51話 終
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