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森のヒウノと空のリト (全70話)  作者: このはりと
第3章 旅のおわり
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第50話 偽り

 嵐の中で、ヒウノはかろうじて目を開いた。うつるのは分厚い風の壁のみだ。空の色も海の色も見えなかった。どちらが天でどちらが地なのか、見当もつかない。自分の体はどこへ向かっているのだろうか。風に運ばれて上昇しているはずなのだが、はるか天空へ向けて落下しているようにも感じてしまう。

 激しく吹きつける風が、衝撃となって襲ってくる。無形のものに対して為す術もなく、殴られたような感覚に意識が遠のく。

 最後に思い浮かんだものは、なにもなかった。少女の無事でも家族との再会でもなく、無であった。



 *



 少年が嵐に呑まれているころ、少女は失意の中にいた。すると決めたことは、村の誰にも話せるわけがない。なにも知らない老人や子どもたちを見ると、いたたまれない気持ちになる。

 乾いた風と潤いを失った大地。弟と希望を連れて、ここへ帰って来るのを夢見ていた。緑豊かで、水に満ちた美しい世界での旅の話は、きっとこれ以上ないすてきな土産になると、心のどこかで信じていた。

 しかし、結果はどうだ。一番大切なものをなくし、村の皆の願いを叶える手立ても見つけられないまま、おめおめと戻ってきてしまった。あまつさえ、これから自分がしようとしているのは――。


「リリィねえさま、どうしたの?」


 幼い女の子の声に、少女は我に返った。小さく柔らかで、少しだけかさついた手が、自分の手に添えられている。大きく澄んだ瞳が間近にあった。


「ううん。なんでもないの。みんなと遊んでらっしゃい」


 少女が、小さな背中をそっと押す。童女はくったくのない笑顔で駆け出した。その後ろ姿がたまらなく愛おしい。追いすがり、抱きしめて、謝りたい。

 少女は伸ばしかけた手を、力なく下ろした。

 そんな彼女の背に、穏やかな声がかかる。


「名残惜しくなるじゃろう。そろそろ行こうか」

「はい。おじいさま」


 少女は振り向き、微笑んで頷いた。

 大地で出会った友人から借りた洋服は、きれいに畳んでおいた。返す機会は永遠に失ってしまったが、それでも礼を尽くしたいと思う。

 かわりに纏ったのは、真白なひとつなぎの衣服だ。この旅の始まりと同じく、儀式へ臨むときに着用するのが決まりだ。


「小刀はどうした?」


 あるべきものがないと気づき老人が問う。少女はかすかに笑みを浮かべて答える。


「旅の途中で盗まれてしまいました。大地には、そんな悪い人が溢れていたんです。空気も土も、人の心さえもひどく汚れていて。あんなにひどいところと知っていたら、レレンを行かせはしなかったのに」

「どこも大して変わらぬということか……」

「えぇ。離れてみてわかりました。この村のほうが、ずっと住みやすいと」


 少女はひと息ついて、言葉を継いだ。


「けれど、村のみんなに知らせるのはやめておきます。心の奥底で、美しく豊かな大地への憧れをもっているでしょうから」

「そうじゃな。わしも信じたかったよ」

「さぁ、行きましょう。誰にも知られずに済ませます」


 歩き出した少女は、ふと思い出した。


(ヒウノのおばさまからお借りしたバッグもなくしてしまった。大切なものだったのに。物も想いも、わたしはたくさんもらった。けれど、ぜんぶ失った。なにひとつ持っては行けないから、これでよかったのだわ。きっと……)


「リリーシエ」

「はい、おじいさま。ただいま参ります」


 少女は居住まいを正すと、目を閉じてひとつ深く息を吐いた。静かに開かれた瞳は、どこか清々しさを感じさせる。

 年老いた数人の従者が彼女を迎えた。彼らのあいだへと踏み出した少女の歩みに、迷いは見られなかった。



 第50話 終

本話をお読みくださり、ありがとうございました。

もしよろしければ、つづきをお楽しみくださいませ。

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